筆者プロフィール
長沼 明(ながぬま あきら)
■浦和大学社会学部客員教授。志木市議・埼玉県議を務めたのち、2005年からは志木市長を2期8年間務める。日本年金機構設立委員会委員、社会保障審議会日本年金機構評価部会委員を歴任する。社会保険労務士の資格も有する。2007年4月から1年間、明治大学経営学部特別招聘教授に就任。2014年4月より、現職。
■主な著書・論文に『障がい基礎年金に障がい等級3級の創設を』(2023年5月15日、法研「週刊社会保障」第77巻 第3218号)、『会計年度任用職員と地方公務員等共済組合法の適用について』(2021年4月、日本年金学会「日本年金学会誌」第40号)、『共済組合の支給する年金がよくわかる本』(2019年9月、年友企画)、『被用者年金制度一元化の概要と制度的差異の解消について』(2015年2月、浦和大学「浦和論叢」第52号)、『地方公務員の再任用制度と年金』(2014年2月、地方自治総合研究所「自治総研」通巻第424号)などがある。
【第31回】2019年1月号
もうすぐ65歳、繰下げ受給をするべきか、
65歳から受給するべきか?
-夫・妻とも公務員で再任用で働いている場合-
社会保険出版社の【こくほ随想】でおなじみの神奈川県立保健福祉大学の名誉教授、山崎泰彦先生。山崎泰彦先生の著書に『年金相談』(日本放送出版)という本があります。
もう30年以上も前の、昭和61年(1986年)3月に出版された本ですが、内容は、いまも十分に参考になるのはもちろんのこと、旧法から新法に年金が変わるときのことが、当時にさかのぼって、理解することができる良書です。
そして、電話で、年金相談を受けるときの聞き取りの仕方・相づちの打ち方なども、大いに参考になります。
現在の年金事務所における、相談者と相対で話し、ウインドウマシンを活用して、加入記録も瞬時にわかる相談と異なり、電話でやりとりをしながら、的確に答えていくというスキルが求められる年金相談には、とくに電話による相談が多いと言われる共済組合の担当者にとって、大いに参考になる本ではないかと思います。名著です。
今月は、年金相談の難しさを認識しながら、もうすぐ65歳になるという再任用の教員(男性)からの相談に、確認しなければいけないことなどを聞きとりし、65歳から受給するのか、繰下げ受給をするのか、その判断に必要なデータについて考えていきたいと思います。
まずは、一般的によくある質問です。
【相談事項】
昭和29年11月15日生まれの男性です。
現在(平成31年1月20日現在)、64歳で、再任用の教員として勤務しています。
今年(2019年)11月に65歳になりますが、来年(2020年)の3月まで、フルタイムの再任用を継続することにしています。
年金は65歳からもらったほうがいいですか、それとも繰下げてもらったほうがいいですか?
最近は、この種の質問が多いです。
ひとつひとつは、正確に記憶していませんが、週刊誌などで、「繰下げはこんなにお得! 70歳からもらうと42%増! 200万円が284万円に!」などと、おどろおどろしい見出しが、新聞の広告欄にでていることもあるからなのでしょうか?
日本の社会保障制度は世帯単位で制度設計
日本の社会保障制度は、世帯単位で制度設計されていると、筆者は認識しています。したがって、繰下げ受給をどうするかを考えるときには、家族の状況について、確認しておかなければなりません。
配偶者(この相談者の場合は妻)がいるのかどうか、配偶者の年金の加入状況(妻は被用者年金に20年以上加入しているのかどうか)、18歳未満の子はいるのかどうか(もう少し正確に言うと、18歳到達年度の末日までの子または20歳未満で障がい等級1級・2級の障がい状態にある子)、を確認しなければなりません。
【確認して得られた情報】
■配偶者(妻)・・・いる。
■配偶者の生年月日・・・昭和31年5月25日
■配偶者の状況・・・現在(平成31年1月20日現在)、
62歳。フルタイムの再任用の教員。
65歳まで、このままフルタイムの教員を務める予定。
■18歳未満の子・・・いない。
■年収・・・夫も妻も再任用の教員なので、
年収はとっても850万円にはいっていない(給与収入は850万円未満)。
同居している。
■夫の年金・・・全額支給停止
老齢厚生年金を繰下げるのか、
老齢基礎年金を繰下げるのか、
あるいは、両方を繰下げるのか?
繰下げ受給するという場合、1階部分の老齢基礎年金を繰下げ受給するのか、2階部分の老齢厚生年金と旧3階部分の退職共済年金を繰下げ受給をするのか、確認をしなければなりません。
【図表1】をご覧ください。
【図表1】どの部分の年金を繰下げ受給するのか
繰下げ受給すると、増額の対象となる年金
―昭和29年11月15日生まれの地方公務員の男性―
※ 経過的職域加算額は、旧3階部分・退職共済年金とも表記される。
※ 経過的加算のことを、筆者は経過的差額加算と表記している。
相対で相談をしていると、【図表1】のようなイメージ図を見てもらいながら確認をしていくことができるのですが、電話相談ですと、相談者の情報量にもよりますが、正直なかなか説明が難しいものがあると思います。
1階部分の①の老齢基礎年金は65歳から受給し、2階部分の②老齢厚生年金(報酬比例部分)・③経過的差額加算と旧3階部分である④経過的職域加算額(退職共済年金)は、66歳から受給するということが可能です。
繰下げ受給で、年金額の増える割合は、1月につき0.7%増額されますので、66歳から受給すれば、65歳から受給するときの年金額が、仮に、②③あわせて、140万円だとすると、その8.4%増の151万7,600円程度になる、ということになります(在職による支給停止がなければ)。
逆に、①の老齢基礎年金だけを70歳から受給して、0.7%×60月で42%増の老齢基礎年金にする、という選択肢もあります。老齢基礎年金の受給額が約78万円(平成30年度の年金額)とすれば、約110万7,600円に増額されるということになります。
在職していて、年金額が支給停止になる場合は、
その支給停止相当額は、繰下げても増額の対象とならない!
繰下げ受給で、年金額の増える割合は、1月につき0.7%増額されます。
ただし、在職中で支給停止がある場合については、その支給停止相当額については、繰下げ増額の対象とはなりません。
フルタイムの再任用職員の場合、在職中は、③経過的職域加算額は全額支給停止ですので、繰下げ増額の対象とはなりません。つまり、繰下げても増額にはならないということです。
⑤の配偶者加給年金額(約39万円)も、繰下げをしても増額の対象とはなりません。
配偶者加給年金額は、在職していて、②の老齢厚生年金(報酬比例部分)が全額支給停止になる場合は、支給停止になります。老齢厚生年金(報酬比例部分)の一部でも支給されれば、配偶者加給年金額は、全額支給されます。
全額支給されるか、全額支給停止になるか、オールオアナッシングです。
一般的には、公立学校の再任用の教員であれば、フルタイムの再任用職員であったとしても、65歳以後の支給停止基準額は46万円(平成30年度の基準額)ですので、2階部分の②の老齢厚生年金(報酬比例部分)が全額支給停止になることはないのではないかと思われます。
②③④を繰下げ受給した場合には、⑤の配偶者加給年金額年額約39万円は支給されませんので、相談者にはよく伝えたいところです。
夫も、妻も共済組合に20年以上加入!
65歳になる夫に、配偶者加給年金額は支給されるのか?
それでは、この相談者の場合、夫に加算された配偶者加給年金額は支給されるのでしょうか?
【図表2】をご覧ください。
【図表2】
相談事例
夫に加算された加給年金額は、
支給されるのか、支給停止となるのか?
―夫も妻も地方公務員で、夫婦ともフルタイムの再任用で勤務している場合―
これまで、聞き取りをさせていただいた夫婦の年金加入歴をまとめると、【図表2】のようになります。
相談者である夫は、昭和29年11月15日生まれですので、被用者年金一元化後の、61歳の平成27年11月に受給権が発生し、平成31年(2019年)11月に65歳を迎えます。
一方、妻は昭和31年5月25日生まれで、大学卒業後、ずっと教員で、公務員の加入期間しかありませんので、62歳になった平成30年5月に受給権が発生しています(生年月日と受給権の発生する年齢については、平成30年12月号をご覧ください)。
【図表2】をご覧いただいてわかるように、妻はすでに、20年以上加入した共済組合の組合員期間(3号厚年期間)の特別支給の老齢厚生年金の受給権が発生しています。
したがって、ふつうであれば、65歳になった夫に加算される配偶者加給年金額は、支給停止になってしまいます。しかしながら、妻は、公立学校の教員で、フルタイムの再任用職員です。つまり、在職中です。
ということは、妻の年金が全額支給停止であれば、夫に加算された配偶者加給年金額は、支給停止が解除され、支給されるということになります。
妻が、65歳に到達した日の属する年度末まで、フルタイムの再任用教員を続け、引き続き、全額支給停止であれば、妻が65歳になる平成33年(2021年)5月分まで、相談者である夫に、年間約39万円の配偶者加給年金額が支給されるということになります。
ということは、相談者は、【図表1】に記載した②③④の老齢厚生年金・退職共済年金を65歳から受給するように年金請求をし、かつ、妻が、全額支給停止であれば、⑤の配偶者加給年金額年額約39万円は支給されるということになります(生計維持要件は満たしている)。
このような情報を提供しながら、最終的に、どの部分の年金を繰下げ受給されるのかをご判断いただくことになろうかと思います。
実務では、相談者から正確な情報を聞き取りすることは本当に難しいと思います。
そういう点でも、山崎先生の『年金相談』は名著だと思います。