こくほ随想

保健に対するエイジズム

2010年度は、成人・老人保健にとっても乳児・小児保健にとっても、大きな転機を迎える年となった。

成人・老人保健にとっては、日本脂質栄養学会から、血中コレステロールに関するガイドラインが出されたこと、さらに、メタボ退治などにみられるやせ信奉に批判書が出されてきたことである。

血中コレステロールは30年くらい前までは、低いほどよいとされていた。虚血性心疾患のリスクファクターとして高コレステロールがあることを示すアメリカのフラミンガム研究が大きなインパクトを与えていたからである。

しかし、このフラミンガム研究においてすら女性の更年期以降の高コレステロール血症は虚血性心疾患のリスクファクターとはなっていなかった。男性においても、50歳以上では高コレステロールのリスクファクターとしての寄与は小さくなり、高齢者では高コレステロール血症はリスクファクターとはならなくなる。

30年くらい前から、虚血性以外の疾患、たとえばガン、感染症、また自殺などのリスクは血中コレステロールの低いことで上昇することが分ってきた。総死亡率がもっとも低いのは血中コレステロールが200~260mgくらいの集団であることが次第に明らかとなってきたのである。日本脂質栄養学会のガイドラインは、このような時代変化を反映している。

BMI22がもっともよいとする基準にもメタボの基準にもまったく根拠がないことが明らかとなってきた。このあたりの詳細に関しては、末尾にあげた拙著をご一読されたい。日本を代表するサンプルのBMIと死亡率の関係を図に示しておくが、24~27の死亡率がもっとも低くなるU字型の関係を示している。


(図)累積年齢調整総死亡率の相対危険度

2010年度は、成人・老人のみでなく、新生児・小児・生徒などの低栄養化と低体重に対する警鐘が公然と鳴らされるようになってきたことも特筆されよう。筆者は何年も前から、生下時体重・生下時身長が下降のトレンドを示しており、いわゆる未熟児が増加していることを指摘してきた。また、学童におけるトレンドをみても肥満よりやせの方の増加が著しいことも警告してきた。

しかし、産科の専門家は「小さく生んで大きく育てよう」などとばかりアドバイスしてきた。また、小児保健の専門家や小児科医は、肥満児の増加ばかりを問題にし、それ以上にやせが増加しつつあることを無視してきた。

ともあれ、2010年度からこのような誤謬(ごびゅう)が是正される兆が出てきたことは評価されてよいであろう。ただし、未熟児の増加が問題とされるようになったきっかけが、未熟児は将来メタボになり易いという研究の出現であるところに大きな不審を抱かざるを得ない。

未熟児の心身の発達には遅滞を伴うリスクも高く、死亡率も高くなる。将来メタボになるからではなく、その前に成長期におけるウェルビーイングそのものに問題があるのだ。小児保健の専門家や小児科医の中には、成長期の子供は単なる成人へのプロセスと考えている人も多いようである。

老人を単なる成人のなれの果てと考える発想をエイジズム(高齢者差別)という。心身の力も社会的な権力も
ピークにある成人にのみ価値をおく発想である。成長期を単なる成人へのプロセスと捉らえ、成長期における健康のハザードを成人になってから困るからと発想することも一種のエイジズムということになるであろう。


文献・柴田 博『メタボ基準にだまされるな』

(医学同人社 2010年)


記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

 

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