こくほ随想

情報開示とリテラシー

都道府県国保連は審査支払をはじめ様々な介護保険関連業務も担っている。市町村にとって介護保険は国民健康保険と並ぶ重要な保険者業務であるし、事業規模(特別会計の規模)も極めて大きい。さらに言えば、介護保険は国民健康保険の制度設計を参考に設計されているので、市町村にとってはある意味兄弟のような制度でもある。

現在の介護保険のキイワードは「地域包括ケア」である。地域包括ケアは今や高齢者ケアを超えて地域福祉・地域共生を基礎づける重要な概念にもなっているので、医療と介護、介護と福祉は「地域包括ケア」を軸につながり合っている。

さて、介護保険には、国民健康保険にはない面白い仕組みがある。「介護サービス情報公表制度」。この業務を担っている都道府県国保連もあるのでご存じの向きもあるだろう。

この制度は、措置から契約へという大きな制度転換をした介護保険が、行政が措置による介入をせず、利用者が契約に基づく対等な関係の中で自ら事業者・サービスを選び取っていくこと、「利用者の選択(自己決定)」を機能させることによって、市場の機能を通じ、より利用者の支持を得た事業者が選択され、悪徳な事業者が排除されるメカニズムを働かせるためにつくられた制度である。

医療の世界にはこのような仕組みはつくられていない。医療機関が表示できる情報は医療法(広告規制)で抑制的に規制されていて、情報の適切な開示を通じて利用者のリテラシーを強化し、医療機関を見る眼を育てる、といった思考回路は見られない。

発足当時、この制度は「情報開示の標準化」と称されていた。利用者がどのサービス事業者を選択するかは自由、つまり自己責任であることを大前提に、選択にあたって必要かつ客観的な事業者情報を比較可能な形で開示する、というのがこの制度の趣旨である。

従ってこの制度は「第三者評価」ではない。実施主体である都道府県は個々の事業者の評価は行わない。というか、すべきではない。評価を行うのはあくまで利用者自身であり、そのための条件整備として情報を標準的(=比較可能な形)で開示させるのが仕事である。

換言すれば、介護サービス事業所のポテンシャルを可視化し、利用者のリテラシーを高めるための客観情報をいかに選別して公表する(させる)かが制度のキモということになる。畢竟、サービス内容のチェック(評価)は、利用者、家族、現場職員(労働環境)が、公表情報と自らの体験に基づき行うべきものであり、またそうでしかあり得ないものだからである。

となると、「開示すべき情報」は、サービスの内容・質に直接関わる情報が中心になる。法令遵守に関わる情報はもちろんのこと、昼間・夜間の職員配置、専門職の数、職員の勤務年数、研修の実施、オンコール体制、他機関との連携・利用者の人数、要介護度、利用料金…そして何よりも、その開示情報が客観的に正しいかどうかを定期的に検証する仕組みが不可欠になる。まさにこの点がかつてのWAM-NETのような「総合情報サイト」との大きな違いである。

情報公表制度の運用は、それなりに難しい。保険者にしてみれば、制度所管者(事業所の指定権者)としてサービスの適切な提供について責任を負っている。都道府県や市町村に対する「苦情処理」や「介護保険運営協議会等への申し立て(一種のオンブズマン制度)」など、指導監査と連動した事業所管理の仕組みもある。情報公表制度は、使いようによっては極めて権力的・措置的な事業者管理の手段にもなり得るからだ。

今なお試行錯誤が続くこの制度だが、大事なことは、制度が自律的に動くこと、利用者自身が良いサービスを評価し、選び取ることができるプラットフォームをつくること。それがこの制度の目標だ。


記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

 

←前のページへ戻る Page Top▲