こくほ随想

「保険者機能」のお話

医療保険の政策論の中に「保険者機能の強化」という議論がある。医療費適正化の取組みの文脈で語られることが多いのだが、「保険者機能」とは具体的に何を指すのだろうか。実は論者の間にきちんとした共通認識がないままに議論しているのではないか。昔からそう感じていた。

保険者の仕事は、「適用・賦課・徴収・支払」だとものの本に書いてある。「保険の財政単位で財政運営の責任主体」だとも書いてある。では、そもそも、現行制度のもとで保険者はどこまで自分の判断でものごとを決めることができるのか。

まず適用、つまり被保険者の範囲だが、これは法律で定められている。健保組合の設立は任意だが適用事業所の中で被保険者の選別はできない。例外は国保組合だけである。

賦課・徴収、つまり歳入面はどうか。歳入は保険料と公費負担。保険料率は組合(健保組合・共済組合等)なら自分で決められるが、市町村国保では条例事項だから議会の承認がないと決められない。公費負担は給付費の一定割合と法律で決まっているので保険者の自由にはならない。

支払、歳出の方はどうか。歳出の大宗は言うまでもなく医療費。歳出(給付)の対象となる医療サービスの範囲と価格(診療報酬点数)は法令で一律に定められている。被保険者のフリーアクセスも保障されている。サービスの量と単価が外生的に決まるから、保険者には裁量、コントロールの余地は殆どない。

保険医療機関の指定(選択)は厚生労働大臣の権限で、地方厚生局で一律に行われる。保険者が医療機関を選択・選別することはできない。かつては国保と被用者保険で指定の仕組みが異なっていたが、それさえも行革で一本化された。

診療報酬点数表は全国一律、価格も一点単価10円と決まっていて、かつての国保にあったような、保険者が特定の医療機関と「割引契約」を結ぶ、といった裁量の余地もない。

医療機関の選択もできない、医療サービスの内容・価格に関する自由度もないということになるので、HMOのように特定の医療機関と契約を結んで包括払いで被保険者の医療保障を行うといったこともできないし、自前で医療機関を持ってみても殆ど意味がない。

こうしてみると、財政運営面で保険者がコントロールできること、というのは殆どない。

できそうなことといえば「保健事業・健康増進事業」や「組合員教育」を通じた受診行動の適正化・セルフメディケーションなど「保険給付外」の活動くらいしか思い浮かばない。

とは言え、健康増進事業や健康教育は文字通り被保険者の健康の維持増進のための活動で、本来財政対策―医療費適正化のためにやるものではない。ジムや保養施設の運営などは完全な「余技」だ。

もう一つ、レセプト点検、というのがあるが、日本の医療保険制度の下では、同じ医療サービスが保険者によって対象内だったり対象外だったりすることはない。審査機関がちゃんと機能していればそれでおしまいである。実際、レセプト点検でやっているのは被保険者資格の確認やら重複請求チェックが中心で、これは被保険者管理の問題なので「機能」というよりは「本来業務」というべきもの、きちんとやって当たり前の仕事だ。

というわけで、考えれば考えるほど、現行制度のもとで保険者ができることというのは実はそんなに多くないことがわかる。

故に、保険者機能の強化を議論するのであれば、そもそも保険者にどのような権限と責任を持たせるのか、という「制度論」から始めるべきである、というのがこの問題についての私の結論である。

権限には責任も伴うから、やるとなれば保険者にもそれなりの覚悟がいるのはもちろんだが、改革とは常にそういうものだ。

読者諸兄はどのように思われるだろうか。


記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

 

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