こくほ随想
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年金受給年齢の繰下げ最近、年金の受給年齢が話題になることが多い。かつては財政対策としての「支給開始年齢の引上げ」であったものが、今は受給権者の主体的な選択による給付改善策として「受給年齢の繰下げ」が論じられている。 変化の背景にあるのは、平成16年改正により導入された、おおむね100年の財政均衡期間において収支の均衡を図る有限均衡方式の採用である。保険料上限を固定し、収入総額の範囲内で収支の均衡を図るべくマクロ経済スライドによる給付水準の調整を行う。一方、標準年金の所得代替率50%を確保するという下限を設定し、それを下回ると見込まれる場合には、給付と負担の在り方について検討し、所要の措置を講ずる。 平成26年財政検証では、当面、検討を要する状況にないと判断された。しかし、将来的には、想定された8つの経済前提のうち、3つのケースでは下限を確保できない。また、下限を確保できる5つのケースにおいても51.0~50.6%にすぎず、しかも基礎年金の水準が著しく低下する、という問題が明らかになった。 そこで、財政検証では初めての試みとして、国民会議報告書が掲げた検討事項に沿った改正を行った場合の財政効果について、オプション試算が行われた。その結果、「デフレ下でのマクロ経済スライドの実施」、「短時間労働者に対する被用者保険の適用拡大」、「基礎年金の拠出期間の延長(65歳までの45年)」、「65歳以降での退職・繰下げ受給」のいずれも給付水準の低下を補い、持続可能性を高める財政効果を持つことが確認された。 受給年齢の繰下げは、これらの包括的な政策課題のなかで位置づけられ、単独で論じられているものではない。が、仮に70歳まで繰下げると、42%の増額、所得代替率50%が71%へ改善されるほどの財政効果がある。 繰下げ受給を推進するには、60歳代後半に向けての雇用の拡大が課題になる。幸い、被用者については、継続雇用制度中心とはいえ65歳までの雇用確保が進んだ。また、わが国は、高齢者の就業意欲が高く、実質的引退年齢は、先進諸国のなかで最も高いグループにある。しかも、長い寿命、著しい高齢化などを考えると、繰下げ受給の推進は現実的な政策の方向性として考えられよう。 ところで、なぜ支給開始年齢の引上げではなく、受給年齢の繰下げなのだろうか。 かつての支給開始年齢の引上げは、将来世代の保険料負担増の抑制を主眼としていた。しかし、保険料の上限が設定された現在の財政フレームの下で支給開始年齢を引上げれば、受給期間短縮による財政の好転によりマクロ経済スライドの停止時期が早まり、給付水準の自動的な改善をもたらす。 こうして、支給開始年齢引上げは、財政対策ではなく給付改善策の一つとして論じられるものになった。併せて、高齢者雇用を促進する効果も期待できる。 しかし、これにも問題がある。年齢引上げの対象になる将来世代だけでなく、65歳から受給している現在の高齢世代にも給付改善が及ぶから、その分だけ将来世代の給付改善を制約し、世代間格差を拡大させる。給付改善を将来世代のみに帰着させるには、支給開始年齢を生年月日別に段階的に引上げ、それに応じて単価・乗率を引上げる必要がある。 ただし、これは現行の選択制の繰下げ受給を、段階的に強制に切り替えるのと変わらず、国民の反発や政治的な抵抗を受けやすい。また、社会階層と寿命の間に因果関係があることが学術研究でも明らかになっており、年齢の引上げによる受給期間の短縮は、寿命の短い低階層の給付削減をもたらす。 国民的な合意形成を図るには、現行の選択制を基本として、高齢者雇用の促進など、繰下げ受給の推進に向けた環境整備や奨励措置を講ずるほうが現実的ではないか。これが今のところ有力な考え方である。 記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉
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