こくほ随想
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カロリー制限論のまやかし敬老の日が近づいてきた。筆者は、この日の意義を深く感じつつも少し憂うつな気分になってくる。その原因はマスコミの取材にある。筆者も老年学を専門にして長い月日を経ているので、敬老の日にちなんだ取材を受けることに喜びを感じこそすれ、迷惑に思ったことはない。 しかし、よく質問されるあるテーマに関しては、短時間に答えることが容易でないだけについイライラしてしまう。それは、「日本の高齢者もカロリー摂取を制限すると、もっと長生きになり、障害や認知症も予防できるのではないか?」という質問である。このカロリー制限の理論は、モグラ叩きのように、批判してもすぐ頭をもたげてくる。 ラットを用いてカロリーを制限することが長生きにつながるとする実験は1930年代のアメリカで始まった。20世紀の初め、日本人の平均寿命は30歳代の後半に低迷していたが、アメリカおよび西欧先進国の平均寿命は50歳代の壁を突破していった。この平均寿命延伸の要因は、総エネルギー、動物性タンパク質、脂肪の増加であった。 しかし、皮肉なことに、欧米諸国は程なく、これらの栄養の過剰摂取に悩まされることになった。その結果、感染症や脳卒中の死亡率が減少することと引き換えに、動脈硬化性の心臓病(心筋梗塞など)の増加を招来することになったのである。カロリー制限の実験は、このような欧米の現状に警鐘を鳴らす意味でスタートしたのである。 実験は、ケージに入れて好きなだけ餌を与えたラットより、餌を制限したラットの方が長生きするというデータを生み出した。そして、これを敷衍(ふえん)して、人間のカロリーも制限した方がよいという提言が生まれたのである。アメリカの動物実験学者は、アメリカ人のカロリーを30%制限するのが良いという結論を動物実験の結果から導き出している。 アメリカの学者の御説は御もっともとするのが日本のかなりの学者の習い性となっている。日本の実験学者の中にも、アメリカの提言に従って、日本人のカロリーも30%くらい減らすべきだと主張する学者が後を絶たない。しかし、彼等は肝心のことを知らない。日本人のカロリー摂取はアメリカ人より30%少ないという事実をである。 表は世界の国々のエネルギー(カロリー)供給量を比較している。供給量は、実際に摂取された分と棄てられた分の合計である。摂取のデータは日本にしかないので国際比較の場合は供給量のデータを用いるしかない。この表で明らかなように、日本のエネルギーはアメリカより30%少ない。日本人のエネルギーを30%減らすと北朝鮮を10%も下回ってしまうのである。 一部の学者は、このような事実に無知なため平気で日本人のエネルギー制限を口にするのであるが、食生活の欧米化というキャッチフレーズに毒されている面もある。日本人のエネルギー摂取はこの四半世紀減少の一途をたどり、ついに飢餓状態であった終戦直後の1946年のレベルを割り込むに至っている事実にも気づいていない。 ともあれ、4万年も前から100歳に達する遺伝子をもつ人類が、平均寿命50歳の壁を突破したのはわずか100年前のことである。50歳の壁を突破した順番は、動物性タンパク質と脂肪の摂取が豊かになり感染症死亡率を減らした順と一致している。実験動物は無菌状態で飼育されている。感染のリスクを捨象(しゃしょう)した実験結果をむやみに人類に適用してはならない。 記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉
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