こくほ随想

三位一体の介護予防

介護保険の第3回目の法改正作業が進められており、どのような枠組みになるのか、関係者の期待と不安がないまぜになっている。介護予防に関する2回目の法改正が進められており、どのような展開となっていくのかも大きな関心事である。

周知のとおり、自立支援を目的とする新予防給付の3つの柱は、食生活と栄養の改善、筋力の向上、口腔機能の向上である。筆者たちが、地域の高齢者の健康診査の一環として口腔機能の検査を取り入れ始めたのは1980年代の半ばからであるから、もうかれこれ四半世紀を経過したわけである。

口腔機能が体力と相関すること、義歯によるそしゃく力の改善が栄養状態の改善に寄与するなどのエビデンスも数多く出された。また歯周病が心疾患やときとして認知症のリスクとなることも示され、口腔機能に対する国民の関心が高まった。8020運動も有効に作用した。現在80歳にして20本の天然歯を有する人の割合は2割に達している。

筆者たちがスタートさせた老化の解明のための学際的長期追跡研究の結果は、栄養と体力の関連を示している。歩行速度が遅くなると将来生活機能の障害に陥るリスクが高くなることが実証された。その歩行速度は、血中のアルブミンというタンパク質が減少すると低下することも明らかにされた。筆者たちは血中のアルブミンの低下は、余命を短くし、生活機能や認知症のリスクとなることを示してきた。さらにこの栄養の指標は筋力低下(サルコペニア)と関連することも分かってきたわけである。


(図)介護予防の三本柱は三位一体

このように、介護予防の三本柱は図に示すように三位一体であることが次第に明らかになってきている。しかし、高齢者に提供されているプログラムは、これらの研究の成果が生かされておらず、依然としてタテ割り的なものが多い。

たとえば、栄養教室では牛乳を飲むと骨密度の改善に役立つと教えている。これは半分本当であり、半分嘘である。牛乳をまったく飲んでいなかった人が、200ccの牛乳を毎日飲むと効果があることは疑いない。しかし、200cc飲んでいた人が400cc飲んで効果があるというのは信じ難い。カルシウムは人間の体の中でほとんどは骨に蓄えられている。血液のカルシウムは常に一定になるようにホメオスターシスが働いており、血液はカルシウムの貯蔵場所ではない。したがっていくらカルシウムを摂取しても、骨がカルシウムを受け取らないかぎり腸から吸収出来ないのである。

ところで、骨は垂直方向の刺戟を受けることなしにカルシウムを取り込むことが出来ない。宇宙飛行士の骨のカルシウムが減ってしまうのは、この垂直方向の刺戟がなくなるからである。したがって、栄養教室は体育の指導を伴わないと完結しないのである。

一方、運動教室に入ると、運動をすればどんどん筋肉量が増加すると教えているが、これも半分は嘘である。適切な栄養素(とくにタンパク質)の供給がなければ、運動によってかえって筋肉が細っていくことが、最近の研究で明らかとなってきている。しかし、残念ながら運動教室で栄養指導を行っているケースはきわめて希である。

観察型の研究で分かったからといってすぐ指導プログラムが出来るわけではない。栄養改善、筋力向上、口腔機能向上の三位一体のプログラムの有用性を検証する介入研究が喫緊の課題である。


参考文献:生活福祉環境づくり21/日本応用老年学会編著
         『高齢社会の生・活(いき・いき)事典』 社会保険出版社


記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

 

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