こくほ随想

第7回 
出産の保険適用

医療保険においては、近年、子ども・子育て支援の観点から、次々に新たな施策が講じられている。まず、2022年度診療報酬改定では、不妊治療の保険適用が行われた。2023年度においては、出産育児一時金を50万円に大幅に引き上げ、更に2023年12月のこども未来戦略においては、「2026年度を目途に、出産費用(正常分娩)の保険適用の導入を含め、出産に関する支援の更なる強化について検討を進める」とされた。本年6月の骨太方針2025においては、「妊娠・出産・産後の経済的負担の軽減のため、2026年度を目途に標準的な出産費用の自己負担の無償化に向けた対応を進める」とされている。

不妊治療と出産の保険適用には、共通点がある。まずいずれも政治主導で推進されていることである。令和4年度の診療報酬改定率は、各科配分枠が+0.23%、不妊治療の保険適用が別枠で+0.2%とほぼ同じ水準であり、政治主導でなければ実現困難なものであった。また、保険適用の主たる目的が妊産婦の経済的負担軽減にあることも共通点である。しかし、相違点も多い。まず保険適用の本来の目的は、有効性・安全性の確認による治療の標準化である。不妊治療の保険適用については、そのプロセスを通じ、現場で行われている技術について、保険適用する技術、先進医療に分類する技術など振り分けが行われた。出産については、正常分娩の技術の標準化の必要性について、どのように考えるのか。次に、不妊治療については、治療が長期にわたる場合があるなど費用の予測が困難かつ高額になる場合があった。また、予算による助成事業はあったが、治療費を賄える水準ではなかった。他方、出産費用の予測は比較的容易である。また、既に出産育児一時金という仕組みがあり、その額の考え方は、標準的な出産費用の平均額を賄える水準(給付率10割相当)である。

このように、出産の保険適用は、不妊治療の保険適用と比較すると必要性の説明が難しく、主要課題は3つある。まず出産は病気ではないので保険事故になじまないのではないかとの議論がある。しかし、健康保険法制定以来、出産は疾病・負傷等とともに、保険給付の対象となっている。歴史的に、給付方法が現物給付・現金給付併用から現金給付に変遷してきているが、一貫して保険給付の対象に位置づけられており、ここは問題ないものと考える。次に、保険適用の範囲、すなわち標準的な出産費用の範囲がどこまでか。現在の出産育児一時金は、正常分娩にかかる費用のうち、室料差額・産科補償制度掛金・その他(お祝い膳等)を除いた費用をベースに金額を設定しており、保険適用に当たっても同じ範囲が基本となり、室料差額等は、現行の選定療養と同様の仕組みに位置づけられると考えられる。最後に、最も問題となるのが給付水準と地域差・医療機関間の格差である。令和5年度の正常分娩の平均出産費用は、全国平均50.7万円、最高が東京都62.5万円、最低が熊本県38.9万円である。また、出産費用が出産育児一時金(産科補償制度掛金を除く)以内の正常分娩の割合が55%、これを超える割合が45%である。全国一律の診療報酬を前提として、仮に公定価格を50万円(産科補償制度掛金を含む)とすると、原則差額徴収ができないことから、都道府県単位では19都県、分娩数の割合では45%が医療機関の持ち出しになる。今後、更なる出産数の減少が見込まれる中で、周産期医療提供体制を一定程度集約するとしても、地域におけるサービスを維持するためには、相応の給付水準にすることが必要ではないか。また、医療機関間では、出産の体制や費用に大きな格差があるが、格差への対応も必要ではないか。

安全で質の高い周産期医療提供体制の存続と妊産婦の負担軽減の両立を図ることを前提に、早急な検討が必要である。

記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

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