こくほ随想

第2回 
新型インフルエンザ(パンデミック)対応

厚生労働事務次官就任後、年金記録問題、C型肝炎訴訟などの対応に忙殺されているときに、矢崎剛会計課長が「庁舎整備の予算が少し余る。活用を相談したい」とやってきた。「5つほど提案してくれ」と指示したら、その一つに「講堂にランケーブルを敷く」という案があった。私は総理官邸勤務のときに、新官邸の地下室に強化された危機管理室を見ている。大災害やパンデミックのときに厚労省にも別格の危機管理体制が必要になると考え、ランケーブルを採用した。有事の際に講堂で100人超体制での対応が可能になる。

2009年4月下旬、WHOから「メキシコで豚インフルエンザのヒト→ヒト感染が起こり、致死率が高い」等の情報が入ってきた。厚労省の会議室に対策本部を設置し、まずは都道府県への情報提供等対応に当たった。

4月28日にWHOがフェーズ4宣言、30日にはフェーズ5と引き上げられ、政府も新型インフルエンザ対策本部を設置し、国を挙げての取り組みが始まった。5月9日に検疫で感染者が見つかり、16日には兵庫県で高校生の集団感染が起きた。渡航歴のない人の感染であり、国内感染が進んでいたのである。

対策本部を講堂に移し、100人超の体制を組んだ。実態把握と医療の確保を中心に全都道府県との連絡体制をつくり、できるだけ頻度の高いマスコミ対応、官邸との連絡体制、専門家会議との連携など、分担して対応に当たった。感染都道府県が毎日のように増え、国会対応もあり、緊張感の高い期間が続いた。広報・リスクコミュニケーションには特に留意し、舛添厚生労働大臣が記者会見で発表し、事務局も定例的に広報対応した。

一方で、タミフルという薬が効くとか、季節性インフルエンザと同様に夏場は感染力が弱りそうだとか、さらには当初のメキシコからの情報が不正確で致死率はそれほど高くないとか、ありがたい情報も入ってきた。

その夏、少し落ち着いたところで私は退官したが、秋に再度感染のピークを迎え、その後下火になっていった。新型インフルエンザによる死亡率は他国に比較して相当低く、国民の協力と医療現場の方々の努力のお陰と感謝している。

これを踏まえて、2012年に新型インフルエンザ等対策特別措置法が制定された。この度のCOVID-19に対しこの特別措置法が適用され、あの講堂が厚労省の対策本部となった。流行当初は、検査方法の開発・承認・供給が大きな課題となり、次いで、ワクチン・医薬品の開発が強く求められた。感染症指定医療機関の機能の発揮、医療機関の協力、流行制御のための感染症数理モデルによる予測、マスコミの協力、国民の的確な対応等、総合的には的確に対応されたように思う。新しいワクチンの開発、治療薬の登場によって、長い戦いも下火になっていった。

私が理事長を務める医療科学研究所は、これまで三度この問題を取り上げている。①2020年9月の「新型コロナウイルス―これまでを振り返り、秋冬に備える―」のシンポジウム(座長:尾身茂新型コロナウイルス感染症対策分科会長。感染初期段階における、国、自治体、医師、研究者、製薬企業の取組)。②機関誌「医療と社会」(2022年4月発行)の特集「新型コロナウイルス感染症:対策の課題と今後の展望」(責任編者:岡部信彦川崎市健康安全研究所所長、武藤香織東京大学医科学研究所教授。国、自治体、医師・研究者、数理モデル研究者、マスコミ等8人の論文)。③自主研究「健康危機管理に対するガバナンス:COVID-19からの教訓」(城山英明東京大学教授を中心とするチーム。国や自治体の担当者からのヒヤリングを基に実証的な研究報告と政策提言)という研究レポート(2024年3月)。いずれも当研究所のHPから閲覧できる。多くの関係の方々に読んでいただき、参考にしていただければ幸いである。

記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

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