こくほ随想

第11回 
ハーバードのイケオジ教授

帝京大学では毎年1月に『ハーバード特別講義』を開催しています。ハーバード大学の教授等を5名招き、それぞれ4日間の講義を行います。今年で12回目となる『ハーバード特別講義』に初回からお越しいただき、いつも満席の人気教授がイチロー・カワチ教授(以下、教授)です。

教授の専門は、社会疫学という分野で、健康の格差、社会格差の健康への影響、ソーシャルキャピタルや人とのつながりと健康などです。今年も大変刺激的な講義で、紹介したい話がたくさんあるのですが、ここでは少しだけ紹介します。

まずは、アメリカの医療について。アメリカの医療費は、国内総生産(GDP)の約17%(2019年)で、2位スイスの12%や4位の日本11%に比較して断トツに高いようです。これは医療システムの管理費、薬剤費、医師の高額な給与が主な要因とされています。一方、平均寿命(2023年推計)では、男性44位、女性46位で、コストはかかっているのに、医療の成果としての健康状態がよくないということになります。

アメリカの社会格差は非常に大きいことが知られています。例えば、所得の下位50%の世帯は、国全体の富の2%しか持たず、逆に、上位1%が全体の富の約60%を持っているという数値があるそうです。一部の富裕層に富が集中しているのです。しかも、コロナ禍でさらに集中しているとのことでした。

教授の講義の中で、フェイスブックをやめると社会的つながりがどうなるかという研究が紹介されていました。フェイスブックをやめた群は、継続した群に比較して、人との夕食の回数や両親と過ごす時間が増え、幸福度や生活満足度が向上したそうです。もちろん、フェイスブックなどのSNSでのつながりはよい面もありますが、SNSを使用しないことで他の社会的つながりが増え、健康状態も改善することが示されたことになりました。

ところで、うちの学生の多くが教授にぞっこんなのです。講義の内容はもちろん、しぐさ、立ち姿、渋めの声、講義での学生へのリアクション(“エクセレント”とか“イグザクトリー”など)に、すっかり心を奪われるみたいです。特に、女性陣からは“イケオジ”と呼ばれ、サインやツーショットの写真のために列ができます。

教授は幼少時まで日本で過ごしたこともあり、日本とのつながりがとても強く、日本の多くの公衆衛生の研究者が、教授の影響を受けています。その一人の私は、教授と同じようなテーマで研究を行い、講義のスライド、しぐさ、学生へのリアクションなども真似したりしてます。しかし、どうも教授とは違うようで、イケオジと言われることはありません。

さて、ハーバード大学の学長がわずか半年で辞任したというニュースをご存じでしょうか。イスラエル・パレスチナ問題の件で、反ユダヤ行動を黙認したことなどが主な原因のようで、日本の大学では考えられない出来事です。このように、世界一と言われる大学の一つであるハーバード大学の教員は、社会的にも厳しい世界に身を置いているのでしょう。大きな講義室で世界中から集まる学生の前で講義をし、一挙手一投足や発言(しかも、発言をしないことも)が常に注目されます。そうした厳しい環境で、頭と、体と、心が鍛えられるのです。その結果として生まれる内面からの魅力が、学生たちを魅了するイケオジをつくり出すのでしょう。イケオジになりたいのなら、私も外見や見せかけではなく、内面からの魅力に磨きをかけるように、厳しい環境で精進しなくてはいけません。

一方で、アメリカの格差の話を聞くと、そんな厳しい社会の中で人々が幸せかどうかはわかりません。次回は、私の連載も最終回ということで、そのあたりのことを考えてみたいと思います。

記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

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