こくほ随想

第3回 
アフターコロナの開始:
日本らしい落としどころ

2020年1月から3年以上にわたり人々と社会を苦しめた新型コロナウイルスも、2023年5月8日、感染症法の5類に移行となり、アフターコロナの時代に入りました。公衆衛生の世界に身を置いている私としては、これを機に一言コメントしないわけにはいかないように思います。議論すべきことはたくさんありますが、ここでは、二つの点(5類移行と感染対策緩和)について考えてみます。

まず、一つ目は感染症法の2類相当から5類に移行する時期が適切だったのかという点です。

感染者の自宅等での待機や医療機関での療養、濃厚接触者の同定やフォローなど、2類相当の対応はとうに難しくなっていました。一方、公衆衛生の専門家の中では、感染力や重症化の点で、季節性インフルエンザのような他の5類と一緒にはできないという意見は多くありました。また、5類に移行しようと思うと次の流行の波が来るなど、移行のタイミングは悩ましいところでした。

中国の影響は大きかったかもしれません。昨年末、ゼロコロナからウィズコロナに政策転換し、感染者は急増したものの(正確な感染者数や死亡者数は不明)、経済は復調し、国外への旅行者が一気に増加しました。そんな中で、日本がこれ以上5類移行を先延ばしにすることは難しい状況だったのでしょう。

もう一つの感染対策緩和の点では、個々人がマスク着用を含めて、感染対策をどの程度行うかです。多くの国で早くからマスク着用もしなくなり、通常の生活に戻っていました。海外からみると、依然としてほぼ全員がマスクを着用している日本の状況は異様に感じられたことでしょう。日本でもマスク着用などの感染対策の緩和をより早期に推奨してもよかったのかもしれません。今年初めに、マスク着用には感染予防の効果がないという論文が著名な国際誌に発表されましたが、専門家の間でも賛否があり、どの程度の感染対策を推奨するのかは難しい判断です。

マスク着用については、個人の主体的な選択に任せるというあいまいな政策メッセージでした。“しなくてはいけない”から“しなくてもよい”というメッセージで、“する必要はない”という断定的な言い方ではなかったのは絶妙だったように思います。

3月13日以降もマスクを着用している人がマジョリティでしたが、5類移行後はマスクを着用していない人が多くなっています。これが出版になる頃には、マスクを着用していない人がマジョリティになっているかもしれません。マスク着用以外で、手指消毒、飛沫防止のパーティションの設置、多人数での飲食などについても、コロナ前に近い生活に戻りつつあります。

この3年間、コロナ対策においては、アドバイザリーボードの委員等の専門家と、政策決定者の間での意見の衝突がありました。両者ともにフラストレーションを抱え、国民もはっきりしない政策やその決定過程に戸惑うことが多くありました。

そして、政策的な収束と言ってよい5類移行と感染対策緩和でも、専門家と政策決定者が双方納得してではなかったことでしょう。“もう大丈夫みたいだし、この辺にしときましょう”のような雰囲気の醸成が、その根拠となったように思います。専門家による強固なエビデンスの提示でも、政治家による英断でもなく、社会全体がなんとなく合意した結果だったのは、白黒つけることをためらう、“決められない”日本らしい結末(落としどころ)だったのかもしれません。

ともかく、医療や公衆衛生の現場で闘い続けた方、そして、さまざまな面で苦労された多くの皆様、本当にお疲れさまでした。コロナはまだ予断を許しませんが、アフターコロナの時代が皆さんにとってよい時代になることを心から願っています。

記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

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