こくほ随想

国民健康保険の主体性を高める条件

■インセンティブ制度は始まったばかり

国民皆保険制度の持続的な運営を可能にするには保険者の主体性が重要な要素であり、そのためのインセンティブ制度が始まっている。ご存知のように、2018年度より保険者が市町村から都道府県へ移行したことに伴い、国保運営を支援する目的で国保努力支援制度が導入された。この制度は、保険者が実施する事業を評価し、その結果に応じて年間1,000億円(2020年度は1,500億円の予定)を配分する「インセンティブ」の仕組みだ。

インセンティブ制度によって保険者の主体性を高める試みは、政府の「骨太方針2017」に掲げられスタートした。私は政府委員としてこの政策の検討過程に関わってきたが、どのような事業をどのようなやり方で実施すれば効果的な予防・健康づくりや医療費適正化につながるかという知見がない中で、制度を設計する難しさを感じており、国保を支える新たな仕組みづくりは黎明期といえる。

■市町村の現場で大切なこと

とはいえ、制度が始まった以上、現場では日々取組が進められている。保険者となった都道府県が市町村の支援を本格的にスタートさせる中、私たちの研究ユニットでは、予防・健康づくりを進める市町村の「データヘルス計画」を6都県の皆さんと共に支援した。この一年で80の区市町村の「データヘルス計画」の中身を「標準化ツール」(こくほ随想・第3回参照)に整理し、意見交換や助言をさせていただいたところ、想像していた以上に市町村の取組やその背景に多様性があることや、素晴らしい保健事業の工夫があることを感じた。それと同時に、現場の職員が力を発揮するために必要な条件もわかってきた。

ひとつは、「住民を健康にする」という目的が明確であること。事業をまわすことに一生懸命で、具体的な成果を出すことは二の次になりがちだが、本来のゴールはデータに基づき住民の健康課題を解決することだ。これまで保健事業の実施率を上げることばかりに追い立てられてきたある町では、目的がはっきりしたことで、国保と保健衛生の両部署が共創して、様々な工夫の検討が始まった。

次に、取り組んだ結果が職員にフィードバックされることも重要だ。事業によって住民の健康状況が改善したり、被保険者に役立ったことがわかると職員のモチベーションは上がる。また、他の市町村と比較することで事業の進捗や結果が客観化されることも有用である。「データヘルス計画」に関する県庁の会議でフィードバックを受けたある市国保の職員からは、「他の自治体と比べて良かった点を保健師達に伝えたい!」といったコメントがあり、結果のフィードバックが現場の主体性にプラスに働く様子がうかがえた。

また、効果的なノウハウを明文化して吸い上げることも現場に役立つ。この一年、6都県の皆さんと私たちが「データヘルス計画」を構造的に整理することによって、保健事業に関する様々な工夫が抽出された(こくほ随想・第8回参照)。この知見を活用していけば、現場の皆さんが取り組めることは格段に広がっていく。

こうした現場の知見を「データヘルス計画」を通じて抽出し、蓄積していけば、国としてもそれに連動する評価指標を設定でき、有用なインセンティブ制度に進化させることができる。また、保険者もそれをマイルストーンにして取組を進めやすくなるだろう。私たちの研究ユニットとしても、国民健康保険の主体性を高めるために、「データヘルス計画」の標準化や保健事業の実証研究を続けていきたい。

2020年4月から一年間「こくほ随想」の連載を担当したことで、日々の徒然なる自身の取組を意識し、研究や政策に関わる活動の本質を考える機会をいただいた。社会保険出版社の皆様に感謝申し上げます。


記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

 

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