こくほ随想

国民健康保険運営協議会への市民参加が国保制度を支える

■国保運営協議会での議論

私の国保との出会いは、過疎地にある国保直診の医師や保健師による「出前医療」に同行した30歳の頃に遡る。地域の患者宅を訪問する彼らに付き添いながら、「病気よりも前に人を診るとはこういうことか」と感じたことが、今の予防医学研究の仕事につながっている。また、2011年からは東京都下のある市の国民健康保険運営協議会・会長として、国保制度運営の一端に携わっている。この協議会は市民、被用者保険、医療団体の各代表と学識経験者から構成され、国保の予算・決算、保険税、保健事業など重要案件を審議する。

今年1月、例年のように協議会は来年度の保険税率改定について市長から諮問を受けた。これまで当市では、医療費の上昇や社会環境の動向を踏まえて、毎年、保険税率の改定(アップ)を行ってきた。ただ、今回は新型コロナ禍に伴う社会経済的な影響を鑑みて、来年度に限り保険税率は据置くべきことを市長へ答申した。未曽有の危機を乗り越え、次期につなぐ苦肉の策である。

この結論を出すまでには様々な議論をした。特に、これまで目指してきた法定外一般繰入の削減を来年度も続けるべきかという視点だ。私も政府委員として赤字繰入解消の重要性は十分認識しているし、これからの世代に負の遺産をできる限り残したくないという市民代表からの意見や、あらゆる関係者が協力して制度を支える大切さを訴える被用者保険代表からの示唆もあった。それでも、私たちがこれからも皆保険制度を維持していくという長期的な視点に立って、1年という短期の危機を乗り越えるために負担を増やさない選択を全員一致で出していただいた。

■市民が参加できる環境が大切

これだけ活発な議論が繰り広げられる当市の協議会も、私の就任当初は質問がほとんど出ず、事務局が案を説明し、粛々と議案が承認されることも少なくなかった。だが、国保の運営状況の厳しさが刻々と増してきたこともあり、制度に関する素朴な質問が挙がるようになり、それに対して市が丁寧に対応する姿勢を続けたことで、いつの間にか活発な議論をする会になった。「親の透析では国保の有難さを感じたが、できる範囲で私たちももう少し負担をする制度に変えたほうが良いと思った」、「高齢になって飲む薬が迷うくらい沢山になったときに、どこで相談すれば良いのか」といった問題提起や質問が挙がると、それに対して市だけでなく、学識経験者や医療団体の委員からも説明をする。そうした積み上げが市民の知識や関心を高め、質の高い議論につながっている。

こういった良い循環をつくるには、市民が声を挙げられる環境が必要である。例えば、発言する機会を意図的に設けたり、制度の現状を示すわかりやすい資料を用意することだ。そして、その問題意識に、行政や専門家が寄り添うことも大事な要素だ。

■地域の関係者が制度改革を支える

先日、市から報告された「データヘルス計画」の中間評価・見直しでは、地区によって特定健診の受診率が大きく異なることを示した地図を見た委員から、「是非これを自治会や議員さん達に見せてアクションを促したい」という声が上がった。当市は、都内62区市町村を対象とした国保努力支援制度の評価で、令和元年度の18位から、2年度は6位、3年度には3位になる見込みとなっており、その背景には地域に影響力のある市民代表の方々や医療団体の先生方が地域の課題に真剣に向き合うようになった姿勢があると感じている。

現在の課題や未来に向けたやり取りを丁寧に進める中で、地域の関係者の関心が高まり、国保制度の構造改革に向き合う土壌が育まれるという点で、この国民健康保険運営協議会の役割は重要なのだ。


記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

 

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