こくほ随想

子どもの「感情体験」が大人を動かす

■データヘルスを教材に小学生へ出前授業

私たち東京大学データヘルス研究ユニットでは、3年間で1,088人の小学6年生に保健体育の出前授業を行ってきた。これは、子どもから大人まですべての世代の健康にまるごと寄り添う施策の一環で、静岡県健康福祉部および静岡県教育委員会と協働したプロジェクトだ。

教材として用いたのは、特定健診データ等から各地域の高血圧の分布や食習慣の違いなどを県が可視化した素材。生活習慣病の基本的な知識に加えて、県内の市町国保、健保、協会けんぽによる「データヘルス計画」から得られた知見を分かりやすく示したこともあり、児童は興味津々に話を聴いてくれた。授業中に、「先生、なぜ私たちの地域は真っ赤(高血圧が多い)なの?」と質問した児童のキラキラとした眼差しが印象的だった。養護教諭からは、「データヘルスを活用してこの地域の特徴を他の地域と比較して示したり、グループワークを取り入れてくださったことも、子どもたちが理解を深め、授業内容を“自分ごと”として考える後押しになったと思います」「教えていただいた「自分なり体操」の音楽を休み時間に流して踊ったり、給食の時間に“手ばかり”で栄養バランスを考える様子が見られ、子どもたちの意識・行動に確実に変化がありました」とのコメントをいただいた(Q-station 参照 ; https://q-station.jp/)。

脳科学者によると、目新しい驚きがある「感情体験」は人の関心を高め、記憶に刻みつける効果があるそうだ。大人に比べてこれまでの経験知や習得した知識量が少ないため、子どもはそのような感覚を味わいやすいと考えられる。生活習慣病予防に関しても、この授業で子どもたちは多くの「感情体験」をしてくれたようで、これは将来の生活習慣につながるかもしれない。また、中学生になって部活動など生活の幅が広がる以前の小学生の段階で、食事や運動の基本的な考え方を知ることは、他の年齢層以上にインパクトが大きいと考えられる。

■子どもの「感情体験」は伝染する

出前授業の対象は児童だったが、今回の授業を通して大人にもポジティブな影響が波及したことは興味深い結果だった。

たとえば、多くの児童が授業内容や授業を聴いて、自分で設定した生活習慣の目標を家族に話したことで、家族の意識も自然と高まる様子が見られた。なかには、「娘が熱心に話してくれました。ものすごく心に響いたようです。大人になっても、飲酒、たばこは絶対にしないと言っています」という感想を書いてくれた家庭もあった。さらに、出前授業の内容を子どもから聞いた保護者の6割以上が「自身の生活習慣でも変化があった」と回答している。「市販のお菓子だけでなく手作りやフルーツ等のお菓子も取り入れていこうと思う」「親自身もお酒の飲み方を改めた」といったコメントもあり、教材を見たからだけでなく、子どもたちのワクワク感や行動の変化が、大人にも伝染したのかもしれないと感じた。なお、後日談だが、ある小学校では、授業の翌年度にお母さん達の乳がん検診の受診率が上がったことを保健所の皆さんからうかがった。子どもへのアプローチは、家族周囲の大人にも影響を与えるのだ。

授業を見学した教員からも、「この授業はおもしろい」と大きな反響をいただいた。「子ども以上に興味を持った先生もいて(笑)、各地域の高血圧・糖尿病・メタボリックシンドロームなどの分布が示されたデータヘルス教材は、大人が見ても勉強になりました」とのことだった。

このように、子どもを巻き込んだデータヘルス研究は世代を超えるダイナミズムを持っており、私たちの研究ユニットの活動において、3本の柱のひとつとして今後も進めていきたい。


記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

 

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