こくほ随想

9万8千枚のレセプトを手作業で確認することから始まった

■地域の人たちの健康を取り戻したい

かつて長寿県として有名だった沖縄県。でも、近年は夜型生活、車社会、盛んな外食産業、多量飲酒といった社会環境を背景に、65歳未満の年齢調整死亡率が全国のワースト1位となり、新たな健康課題に直面している。

そのような沖縄でデータを活用した健康増進活動のお話をうかがうチャンスをいただいて、昨秋、私たちの研究ユニットのメンバーが全国健康保険協会(協会けんぽ)の沖縄支部を訪問した。その際に、「地域の人たちの健康を取り戻したい」という支部の皆さんの問題意識がとても強いことを感じた。

沖縄支部がデータ分析をスタートした2008年当時は、データを電子的に蓄積し、簡単に集計できるシステムがなかった。そこで、まずは加入者全員の1か月分のレセプト9万8千件を印刷し、医療費や受診の状況を逐一チェックすることから始めたそうだ。当然、レセプトと健診データを結びつけるシステムもなかったため、9万8千件すべてを手作業で確認し、粘り強く健診データを紐づけていった(Q-station 参照 ; https://q-station.jp/)。

■これまで見えなかった課題の本質を知る

すると、「ワースト1位」の背景に思いがけない構造が見えてきた。

特に目に留まったのは高額医療費の存在だったそうだ。ただ、これは表に見えている現象にすぎない。医療費が高いということは、重い病気で苦しんでいる人がいるということだ。その背景にあるのは何だろう?

分析結果から、月間80万円以上の高額レセプトの3割が心疾患で、そのうち基礎疾患として51%に高血圧があることが明らかになった。つまり、血圧をコントロールできれば予防可能な人が多いのだ。また、高額の医療費がかかっている人の過去5年間の状況を確認すると、一度でも健診を受けたことがある人は10%にすぎず、保健指導を受けた人にいたっては3.8%しかいなかった。健診も保健指導も受けないまま、病気になり、しかも病状が悪化するという構造が見えてきた。

■社会の共創を促す

沖縄支部の皆さんが素晴らしかったのは、データの分析にとどまらず、具体的なアクションにつなげたことだ。

沖縄支部では、未治療者の健診データを個人が特定できない形で検査値の悪い順に並べ、要治療の値に色付けした資料を作成し、それを持って地区医師会を回った。その資料を目にしたとき、医師の目の色が変わった。医師からは、「数値が衝撃的過ぎて、この人たちを放っておくわけにはいかない」といった声が漏れたそうだ。また、状態が悪化して人工透析に至り、レセプトが途切れていた(退職して協会けんぽから国民健康保険に移った)人のもとに自治体の保健師と一緒に訪問し、仕事で治療に行く時間がとれないことや、費用負担の心配が大きいといった患者側の事情も確認したそうだ。

このような状況を踏まえ、忙しい働き盛り世代のために“早朝診療”のモデルを実施したり、治療に要する自己負担額の目安を受診勧奨通知に記載するなどして、医療機関への受診を促した。その結果、Ⅲ度高血圧の未治療者は、2009年度の632人(81%)から2013年度は237人(39%)に、Ⅱ度高血圧の未治療者は同じく2,164人(72%)から1,118人(45%)に減少した。

これは、データを使って地域社会が共創した成果にほかならない。健康施策を進めるには、関係機関と連携しながら住民や加入者に寄り添うことが鍵になるが、データはそのための素材になることがこの事例を通じてよくわかる。

強い問題意識を持ってデータ分析し、課題の本質を明らかにした沖縄支部。こうした取組こそ、新たな社会課題の解決に必要な共創を促すことにつながる。


記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

 

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