こくほ随想

“データサイエンティスト”の通勤が電車から徒歩に変わった!

■その日は突然にやってきた

私が所属する東京大学・未来ビジョン研究センターのデータヘルス研究ユニットには、“データサイエンティスト”がいる。データサイエンティストの世界的なコンペティションである「Kaggle」で世界第2位を獲得するなどこの業界では知られた存在で、24時間研究に取り組む様子には誰もが一目を置く。

そんな彼の行動が、ある日突然変わった。電車に乗らず、徒歩で通勤し始めたのだ。寝る間も惜しんで研究を進める彼が、毎日1時間近い時間をウォーキングに費やすのは余程のことだ。理由を尋ねたところ、『だって先生、静岡県の人たちのデータを見ていたら、ウォーキングしたほうがいいことは明白ですよ』との返答。なるほどと思ってよく見ると、彼の顎のラインがシャープになっていた。

■データは人を動かす

彼は、2018年度から静岡県と東京大学が進めている「国保ヘルスアップ支援事業」のプロジェクトの一員だ。静岡県の全市町の国民健康保険と介護保険、そして後期高齢者医療制度の最近6年分のビッグデータから、県民の皆さんがどんな病気にかかっていて、患者さんが毎月何人増えている状況なのかが地域ごとにわかってきた。特定健診を受けた人のデータからは、毎日ほとんど運動・活動をしていない人の体重や血圧がどれほど上がっているかも見えてきた。また、健診を受ける頻度が高いほど、健康状態が良く、医療費が低いことも明らかになった。

このような分析結果を知ったことで、彼は自らの行動も変えたわけだ。今後もウォーキングを続け、毎年健診を受けるだろう。また、もしも特定保健指導の対象になったとしても熱心に参加し、保健師さんのアドバイスに耳を傾ける素地ができたはずだ。

■データは組織をも動かす

このように、レセプトや健診などのデータを活用して科学的に予防・健康づくりを進め、同時に関係機関(自治体や医療保険者、企業、学校、医療機関など)が共同で活用できる新しい仕組みを「データヘルス」という。そのうち、保険者が実施主体となる事業計画を「データヘルス計画」と呼び、全国の国民健康保険や健康保険組合によって進められている。(具体的な内容は、私たちの研究ユニットで作成したビデオ「第1章データヘルス計画導入の背景」をご覧ください)

これまで、住民の健康増進を図るという共通の課題に対して一律の施策を実施してきた市町村の取組。これによって、各種健康指標の向上や平均寿命の延伸が図られたことは言うまでもない。しかし、健康寿命の延伸に挑戦していく時代には、多様な健康課題に応じた施策が必要になる。「データヘルス」で地域の健康課題を可視化することで対象が明確になり、次の一手が打ちやすくなる。

今年1月、静岡県及び市町の皆さんを集めた「データヘルス計画」の研修会で、前述の分析結果をフィードバックした。健康寿命が全国トップクラスの静岡県でも、地域によって高血圧や糖尿病の人の割合は異なり、医療費にも格差があることなどを伝えたところ、『なぜそのような地域格差があるのか?その背景に何があるのか?』といった疑問が湧き、各地域における健康課題の解決策の検討が始まった。既に、翌年度の計画や予算配分を、財政部署を巻き込んで見直した自治体もある。今回の分析結果を見て、『やっぱりそうかぁ』とこれまでの保健活動で感じていたことがデータで示され、自信をもって取組を進められると語る保健師さんもいた。

データヘルスの先進県である静岡県の取組が全国でも進み、市町村の健康施策が前進するよう、私たちも支援していきたい。また、“データサイエンティスト”が変わったように、多くの皆さんの意識と行動が「データヘルス」を通じて変わることを楽しみにしたい。


記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

 

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