こくほ随想

医療費適正化

毎年のように予算編成の時期になると医療費が話題になる。昨年末も、財務省がマイナス改定を主張する中、政治折衝によりプラス改定で決着したと大きく報道されていた。

医療費適正化という言葉がよく使われるが、使われている場面も違うし、範囲も極めて広く、国保関係者にとっても使用頻度が高い。今回はこの医療費適正化を考えてみたい。

医療費適正化には、サプライサイド(医療提供体制の面)とデマンドサイド(患者の数等の需要面)の二つの側面がある。医療費適正化の観点から病床を減らすべき、という主張はサプライサイドの話だし、予防で重症患者を減らそうという主張はデマンドサイドから見ている。もちろん、この二つは表裏の関係にあり、完全に切り離すことはできない。老人医療費無料化により患者が増え、それに対応するため病院病床が急拡大する、というように両者は絡みあって動いて行く。ただ、切り離せないとはいえ、どちらを議論しているのかを理解することは大事だと思う。

例えば、病床を減らせば医療費を数兆円抑制できる、といった主張がある。仮に短期的に入院患者を減らせたとしても、供給体制の費用をそれに応じて減らせるだろうか。

筆者は、消防の仕事をしていたことがあるが、消防の総費用は30年版消防白書によれば1兆9855億円になるそうだ。火災予防は大きく進んだが、火災を減らすことでその総費用を減らすことが出来るかと言えば、そう単純には言えない。万が一の火災に備えて24時間それぞれの地域で出動体制をとることに変わりはないからである。

医療にも似た側面がある。医療を社会的共通資本と言ったのは経済学者の宇沢弘文先生だが、地域住民の安心のために医療はなくてはならない。全国に配備されている救急車もその先に救急対応医療機関があるからこそ意味があり、政策医療の代表的なものとして救急体制の確保に多くの公費が支出されている。加えて、周産期医療から、心疾患、脳疾患など、24時間の応需体制を敷いている医療機関は数多い。供給サイドの課題は、質の高い効率的な体制をどう確保していくか、ということであり、病床集約も機能強化と一体であることも考えれば、単純に医療費適正化効果で論じることは困難だ。

ただし、今進んでいる医療提供体制の再構築は、これからの社会に最適な体制を作り、医療の質と医療費の両面を視野にいれた最適な解を求めようとする取り組みとして大きな意義がある。

一方、需要側の問題は、短期的にも政策が医療費に影響することが多い。

医療費無料化がその一例だ。受診の機会を保障する大きな意味はあるが、かつての老人医療でも問題が指摘され、10年後に自己負担が導入されたし、小児医療の在り方についても議論が行われた。相談体制等がないまま治療のみ無料にすることには本来あるべき医療のかかり方を変えてしまう懸念もある。

薬の問題もある。近年、多剤投与の問題が指摘されてきたが、さらに本来必要のない場合にも抗菌薬が多用され耐性菌が生じているとの指摘も出ている。薬剤の適正化は、適正化しただけ医療費が減少し、医療提供体制には影響しない。ジェネリックの置き換え効果は平成29年度で1兆3千億円にのぼるが、これは現実に適正化できた額だ。これに加え、多剤投与の是正は高齢者にとって生活の質の向上につながる可能性もある。だからこそ医療費適正化の重要項目となってきたのである。

ただし、そのためにも、薬剤減少が医療経営に影響しない形を作ることが必要なのだし、医師の技術料もモノや受診頻度に頼らない適正なものになるよう議論していくことが必要なのだと思う。

医療費適正化対策は、そのような見地で、総合的、中長期的に対策が立てられるべきものではないだろうか、と考えている。


記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

 

←前のページへ戻る Page Top▲