こくほ随想

保健事業専門家の育成に向けて

保険者の保健事業として、市区町村による保健事業が再整理され11年となる。この制度では医療費の適正化を保健事業の目標に挙げるなど、従来の保健事業の目標である「健康増進・健康づくり」から一歩進んだ展開が求められるようになった。保険者の保健事業で起こった最も大きな動きは、成果目標の数値化と保険者インセンティブの登場である。現在の保健事業は、事業に積極的に取り組むだけでは不十分となり、数値で現れる効果が要求されるようになってきた。従来行政の行っていた保健事業は「このくらい」という相場観のもとに実施されてきた結果、健診受診者数が増加したとはいえない状況であった。また保健師など専門職の働きかけにより受診率を伸ばそうとすると、予算が十分ではないとして事務職から否定される場合もあった。

保険者の保健事業ではこのような状況が大きく変化してきた。健康診断の受診率は急速に伸びるようになった。厚労省の発表では受診率はすべての保険者で2008年の38.9%から2016年は51.4%に伸びている。被用者保険の伸びが大きい要因は、職場の定期健康診断を受診した人の保険者での情報の活用が一番大きい。

市区町村保険者では、残念ながらこれほどの伸びは見られていないが、それでも8年間に5.7%伸びている。市区町村においても、受診率向上の継続的な取り組みが効果を上げることが証明された。保健事業を通じ、従来健診を受診しなかった層が受診するようになってきた。一方で市区町村では受診率が50%を超えるほどになると、それ以上に受診率を伸ばす方策を考え実行することが困難となってきた。医療関係者や地域住民の組織化など、従来の枠組みを超えた受診率向上の取り組みが必要となってきている。今後継続的に受診率を上げるためには医療機関や歯科医療機関、薬局などの協力をどのように得るか、住民組織を活用し受診勧奨をどのように行うかなど様々な課題がある。受診率が保険者努力支援制度の主要な評価項目の一つとなっていることからも、市区町村でその向上は重要な課題であり続ける。継続的な受診率向上を目指すには、成人保健や保険者の保健事業に精通した専門職の存在が重要となる。

保険者の保健事業として、急速に重きを置かれるようになった事業が重症化予防である。重症化した患者に支払われる医療費は高額となり、高額医療が医療費全体の多くを占める現実が認識されてきた。重症化予防には、従来の保健事業と比較して医療関係者との連携がさらに重要であり、対象者の選定方法やフォローなど高度な専門性が要求される。医師会などの医療関係者との良好な連携維持には継続的な関わりが重要となり、専門的な知識が要求される場合もあるので、事務職が担当するのは困難となる場合が多い。

保険者努力支援制度により、成果が求められ各保険者がそれを競う時代が本格化してきた今、人事異動があっても継続的な保健事業の推進体制を維持することが課題となってきている。実際、習熟した担当職員が異動すると、それまでのノウハウが消失して、保健事業が停滞してしまう例も少なくない。

保健師や管理栄養士は専門職といっても、幅広い行政の中で様々な役割が求められ、異動するたびに新たな業務の習熟が求められてきた。一方で個々の業務はさらに専門性を増しており、異動した直後はその習熟に時間をとられることになる。これからは行政での専門職の位置づけを考える必要があるのではないだろうか。部課長などの行政職としての職位を目指す役割と、高度な専門性を背景に保健事業を専門的に推進する役割に分化させることも考える必要性が高まってきた。近いうちに保健師や管理栄養士を専門家として育成し、行政で求められる分野の専門性を高め、高度な保健事業を企画・運営する仕組みを整備すべき時代となってきたように思う。


記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

 

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