こくほ随想
- TOP
- こくほ随想
ヒポクラテスの医学ヒポクラテスは、西洋医学の父、医聖と言われている。古代ギリシア時代の偉人として有名なソクラテスやプラトン、アリストテレスなど、西洋文明、文化の基礎をつくった人たちと同じ、紀元前400年頃の人である。 わが国は、今日、国民皆保険体制を基盤に充実した医療体制を確保し、平均寿命は女性では断然世界一、男性は世界一のグループを続けている。西洋医学の力のお陰と言えるであろう。その西洋医学の源流であるヒポクラテスの医学の誕生の系譜について紹介させていただきたいと思う。 西洋の医師が古くから大切にしている、医師というギルドの誓いの言葉として、「ヒポクラテスの誓い」がある。その冒頭において次のように述べられている。「医神アポローン、アスクレーピオス、ヒュギエィア、パナケィアをはじめ、すべての男神・女神にかけて、またこれらの神々を証人として、誓いを立てます。そしてわたしの能力と判断力の限りをつくしてこの約束を守ります。」ここには、医の神様の名前が4人あげられている。アポローンは、太陽の神として崇められ、医術や音楽、予言を司るとされた神である。その息子がアスクレーピオスで、医学の神様である。そのアスクレーピオスの娘がヒュギエィアとパナケィアであり、ヒュギエィアは衛生の神様、パナケィアは薬の神様である。ヒポクラテスの医学では、アポローンという太陽の神様の下にアスクレーピオスという医学の神様がいて、その神様をヒュギエィアという衛生の神様と、パナケィアという薬の神様が支えているということになる。 アスクレーピオスを祭った神殿は、ギリシアの各地に300か所以上もあったとされている。医神アスクレーピオスを奉ずるヒポクラテスらの医師たちは、アスクレーピオスを信じて、神殿に訪れる沢山の人を診るということを通じて、多数の病人を診るチャンスを手にすることになった。今日の人類の医学は、こうして神様を信じてお参りに来る病人や体の弱い人たちを診るというところから始まった。神への信仰を舞台として、人類の医学が生まれることになった。オリンピックに勝つ人や戦争に強い人を育てるというところから、人類の医学は生まれたものではない。 ヒポクラテスらの医師たちは、神殿とは緊密な関係にはあったけれども、神殿の神官であったり、神殿に所属する医師ではなかったとされていることは、重要であると思う。 ヒポクラテスは、「神聖病について」という文章の中で、次のように述べている。「祈りを捧げ、神殿に連れて行って神々に嘆願してしかるべきであるのに、全然そうはせず祓い清めを行う。」この言葉からもわかるように、彼は「神への祈りや嘆願」と「祓いや清め」を区別して、祓いや清めを厳しく排斥している。ヒポクラテスは、「(疾病は)どれもが神業であり、どれもが人間的である」として、神業の下に人間の業を登場させ、宗教から独立した医学の固有の立場を打ちたてることによって、人類の医学の歴史に不滅の足跡を残した。 神殿に来る多くの参拝者や巡礼者の特徴は、身体に何らかの症状をもっている人たちである。だからヒポクラテスらの医師たちの仕事は、痛みや苦痛などの訴えをもってお参りに来る人たちの話しを聞き、症状を詳細に観察するということから始まった。これらの経過からすると「ヒポクラテスの医学は、参拝者・巡礼者の医学である」と言える。そして症状の観察から始まるという手法は、そのまま今日の西洋医学に継承されている。
記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉
|