こくほ随想

「新たな医師不足」~病院産婦人科医不足と女性医師の増加~

 公立病院で小児科や産科が閉鎖され、医師さがしに首長さんが大学病院を行脚するニュースに接すると、つくづく出産・子育てがしにくい国だと思う。平成 16年、1年間で産科医ゼロになった病院が117にも上った。老人医療や高度医療は充実していくのに、出産・育児という人間の根源の営みを守る医療は恵まれていない。その結果、出産・子育てに向かう若い人が減り、少子化はますます進行するという悪循環だ。
 前回は小児科の病院勤務医の不足について書いた。しかし産科は総数も分娩施設も減少している。平成6年に11,039人だったが、平成16年には 10,163人と900人ほど減少した。その中でも平成14年からの2年間では455人も減少している。その上、産科希望の医学生も毎年200名ほど減少しているので、将来の不足はもっと深刻になる。
 分娩費の診療報酬を上げて産科医増員を誘導したくとも、正常分娩は医療保険は適用されない。そこで正常分娩を医療保険対象にするという議論も出ている。また美容的ニーズと分娩費節約のため、患者と病院双方の利害が一致して帝王切開が増えた時もあった。さらに分娩費補償だけでなく出産準備金の意味も込め、医療制度改革で35万円に増額された出産一時金を50万円にするという選挙公約も出始めた。
 産科医不足は女性医師の増加と深く関係している。近年、医師国家試験の合格者中の女性の割合は約3分の1。医師全体での女性の割合は16.5%だから、若い層の女性進出には目を見張るものがある。平成16年、産婦人科医の女性の割合は21.8%、小児科では31.2%といずれも高い。しかし皮膚科(38.0%)、眼科(36.8%)ではもっと多く、希望者も増えており、これは産科医希望者の減少と裏表の関係である。つまり業務負担が比較的軽く、医療訴訟におよぶ可能性が少ないからだ。
 産婦人科医の新規参入希望者の72%が女性、小児科医では45%を占め、今後、産婦人科医の女性の割合は高まる見込みだ。そこで女性医師の就業割合だが、医籍登録後、徐々に低下し、11年目には男性医全体の就業率82.9%まで低下する。その後上昇するものの、決して男性医師と同じ割合には達しない。 20代で徐々に下降するのは、結婚・出産・育児による退職で、30代後半の働き盛りに、2割が就業していないわけだ。
 そこで産科医師不足の解消には(1)女性医師の就労支援・促進、(2)分娩にかかわる業務負担を軽減するための医療提供体制の改善、(3)国による医療紛争解決システムの整備が必須である。
 (1)は一般女性と同じで、保育・フレックスタイム・休業中の研修制度の整備が考えられる。出産に携わる仕事を選んだ女性医師にこそ、2人、3人と産んでもらいたい。
 (2)これまで分娩の半数は病院ではない、個人開業の分娩取扱診療所が占めた。今後も地域に存続して分娩件数を担ってもらうため、助産師の積極的活用、看護師による内診問題も検討されている。また診療所とそれを救急医療で支援する中核病院が連携する地域産婦人科医療ネットワークのような仕組みが必要だ。また保健師や助産師が中心となる、妊娠から分娩後の母子健康を総合的にケアする母子保健ネットワークも産科医を支援する。
 (3)近年医療事故をめぐる訴訟が増え、特に産科の割合は多い。診療科別の医事関係訴訟件数は医師千人当たり、内科3.7件、小児科2.0件に比べ、 11.8件と非常に多い。出産時の死亡事故で刑事責任を問われた事件もあり、現場の不安は増大した。甘く見られやすいお産だが実は非常にリスクが高い。分娩に限らず医療事故は専門的で、事実関係や責任の所在を明らかにするのは、患者側には特に難しい。そこで第三者として調査し、医療との仲介をして和解に導く医療紛争解決システムの構築が、医師の不安軽減のために是非とも必要だ。

記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

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