「新たな医師不足」(病院勤務の小児科医不足と近頃の親)
人口当たりの医師数、総数ともに増えているのに医師不足がいわれている。前回は研修医制度による病院の医師不足をテーマにした。今回は、病院で閉科に追い込まれるほど深刻な小児科医不足について考えてみたい。
子どもの患者には薬を出しにくく、問診も手間取り、内科や外科のように採算がとれないとよくいわれた。そこで診療報酬が下方改定される動きの中、小児科には多少の配慮がなされている。ただし、少子化が要因となり、小児科や産科の患者が減り、採算が悪く廃業や転科する医師が多いというわけではない。分娩に携わる産科医は確かに総数は減少しているが、小児科医の総数は増加している。病院の小児科医不足は、病院勤務から開業に転じる医師が多いことからきている。
それでは病院勤務の小児科医はなぜ開業を選ぶのだろうか。前回書いたように中小病院の勤務医が慢性的に不足していて当直が多く、労働条件が悪くなっているのも要因の一つだ。勤務医の配置人数が薄くなり、週の勤務時間(休憩・研究も含めて)は入院ベッドのない診療所医師の1.2倍という過酷な状況である。介護現場でも遵守される労働基準法の週40時間労働をはるかに超えている。当直の翌日にそのまま平常勤務をこなすことも多いという。労働が看護師とは違って楽に見えて、長時間労働になってしまうのかも知れない。
しかしそのくらいの厳しい勤務は覚悟のうえであっただろう。もっと意欲を減退させるのが患者対応の負担とストレスだ。核家族で育った若い世代はかかりつけ医をもたず、ちょっとした症状で病院に駆け込み、救急車を安易に利用する親が増加し、社会問題にまでなっている。休日夜間の診療には、共働きのため昼間病院で診療を受けさせられない親が、すぐに入院や点滴もできるし、おまけに待たされずにすむと、確信犯として病院の夜間診療の門をたたくという。
調査によると、小児救急の患者の9割は軽症で、入院が必要なかった小児患者が95%以上だという。このような患者のモラルハザード、その上クレームや医療訴訟へのリスクなど気苦労が絶えない。水分の補給を怠ったための高熱や異物誤飲など、親の不注意や基本的知識不足からの病気や怪我が多く、反省するどころか治らないと医者のせいにする。経済的には払えるのに給食費や保育料を未納にする親の姿とどこかつながっている。
少子化は子育て支援を社会のスローガンにしたことで、育児力格差のある一部の親を増長させたかも知れない。増加する親から学校へのクレームや訴訟対応に、教員ではとても対応できないと、専門の弁護士や法律事務所と契約する学校が増えているという。自治体、学校、病院など、相手が大きな組織なら、訴訟にして賠償金や慰謝料を取りやすいという不埒な親のモラルハザードは、病院の小児科医のやる気まで脅かしている。
これでは病院勤務の小児科医のなり手が減るのは当然である。そこで病院勤務医の労働条件や待遇の改善は当然であるが、病院夜間救急への小児患者集中の緩和が必要だ。地域の診療所と病院が協力して役割分担を行い、一次患者は開業医が診て重い患者のみ病院に送り、検査や入院治療を行う方法も多く実施され、効果をあげている。
医師会や保健センターが運営する夜間救急センターに輪番で開業医が詰め、必要な場合のみ小児救急病院に転送する。これで地域の公立病院の小児救急に運び込まれる第一次患者は、半分以上減少するそうだ。また医師やアドバイザーによる電話相談や助言でしのぎ、必要な場合のみ診療に来てもらうという振り分け機能も患者減少に有効だ。そして子どもの命を守るには医療関係者の努力だけでなく、親の常識を高める親教育が重要な鍵を握る。
昨今、医療もサービス業としての面が強調される傾向があるが、行き過ぎた市場化は医療の質を危うくする、という警鐘も頷ける。
記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉