共済組合担当者のための年金ガイド

在職老齢年金制度が廃止になると、
繰下げ受給がいいのか、65歳からの受給がいいのか?
-地方公務員の定年引上げ後の働き方を考えてみる-

令和6年7月3日、社会保障審議会・年金部会で、財政検証の結果が公表されました。
この中には、65歳以上の在職老齢年金制度を廃止した場合とか、支給停止基準額47万円(*1)(*2)を53万円・56万円・59万円・62万円・65万円に見直しした場合のオプション試算の結果も示されています(*2)

 
(*1) 令和4年度(2022年度)の支給停止基準額。財政検証では、この令和4年度の支給停止基準額を用いている。令和6年度(2024年度)の支給停止基準額はすでに50万円に変更となっている。
また、財政検証では、「支給停止調整額」という文言を用いず、「支給停止基準額」という文言を用いている。本稿では、財政検証の文言を引用するケースが多々あるので、「支給停止基準額」という表記を用いている。
(*2) 2024年7月3日開催の社会保障審議会・年金部会に提出された【資料3-1】25頁
 

在職老齢年金制度を撤廃した場合、給付増は約4,500億円、
所得代替率への影響はマイナス0.5%と試算

在職老齢年金制度を撤廃した場合には、見直しによる給付増は約4,500億円、所得代替率への影響はマイナス0.5%(-0.5%)と試算されています(*3)

(*3) 報酬比例部分のみ、基礎年金部分には影響しない。
経済前提は「過去30年投影ケース」、詳細については前掲【資料3-1】25頁を参照されたい。

年金制度改正の議論は、財政検証の結果が示されたことを踏まえ、今後、令和6年12月に向けて、年金部会でより具体的に検討されていくことになります。

標準報酬月額の上限も、見直しの方向

筆者が審議会での議論をウォッチングしている印象では、標準報酬月額の上限(現行65万円)を引き上げて(*4)、厚生年金保険の保険料収入を確保し(給付する財源を確保する)、それを財源に在職老齢年金制度を撤廃する(在老撤廃後の給付財源に充てがう)という考え方で、年金部会では議論が取りまとめられていくのではないかと想定しているのですが、在職老齢年金制度の廃止については、金持ち優遇との批判もあり、前回の改正でも見送られているので、最終的にどうなるかはまだわかりません。
前回は、廃止を見送ったことを踏まえ、在職定時改定制度が導入された、と筆者は認識しています。

(*4) 前掲【資料3-1】26頁では75万円・83万円・98万円のオプション試算が示されている。
標準報酬月額の上限を75万円に引き上げると、該当する人は約168万人、労使あわせた保険料収入の増額(1年分)は約4,300億円、所得代替率への影響は、+0.2%と試算されている。老齢基礎年金への影響はない。
また、標準報酬月額の上限を98万円に引き上げると、該当する人は約83万人、労使あわせた保険料収入の増額(1年分)は約9,700億円、所得代替率への影響は、+0.5%と試算されている。老齢基礎年金への影響はない。
なお、前提条件など詳細は、【資料3-1】26頁を参照されたい。

65歳以上の在職老齢年金の支給停止者数は約50万人、
支給停止額約4,500億円

ただ、65歳以上の在職老齢年金の支給停止者数は約50万人で、支給停止額約4,500億円(*5)ということで、65歳以上の在職老齢年金の受給者約308万人の大半は、現状でも支給停止にはなっていません。

(*5) 2022年度末データ。詳細は、前掲【資料3-1】25頁参照。
在職老齢受給者約308万人の約16%に相当。
支給停止者数に、2号厚年・3号厚年・4号厚年の期間のみの者は含まれていない。ただし、支給停止額には含まれている、ということで、なかなか資料の読み取り方は難しい。

地方公務員共済組合の第3号厚生年金被保険者で、
65歳以上の被保険者は、約1.8万人で、全体の0.6%!

地方公務員で、65歳以上の在職老齢年金の受給者は、というと、60歳の定年制が65歳へと、順次、引き上がっていくとはいえ、65歳までが原則ですので、65歳以上で地方公務員(第3号厚生年金被保険者)というと、市長や県知事、公立大学・大学院の教員、市立病院の医師・国保直診診療所の歯科医師などが思い浮かびますが、そう多くは存在しているとは思えません。

社会保障審議会・年金数理部会に提出された資料を見ても、約293万人の第3号厚生年金被保険者のうち、65歳以上の被保険者は、約1.8万人、全体の0.6%にとどまっています(*6)

(*6) 【出典】2024年1月11日に開催された社会保障審議会・年金数理部会で提出された「資料2 令和4年度財政状況-地方公務員共済組合-」18頁。2023年3月末現在。

ということは、仮に、在職老齢年金制度が廃止されたとしても、廃止されたときの厚生年金保険の被保険者の種別は、第3号厚生年金被保険者(地方公務員共済組合の組合員で、長期給付が適用)ではなく、第1号厚生年金被保険者、すなわち、民間の事業所に勤務しているか、地方公務員共済組合の組合員であるかもしれないが、会計年度任用職員としての任用で、基本的に長期給付は適用除外、すなわち、第1号厚生年金被保険者になっている、という状況が想定されます。
こんな状況をイメージして、制度改正があったときの年金相談、あるいは、Q&Aとしての情報周知を考えておけばいいのではないでしょうか?

在職老齢年金制度が廃止になったら、
「繰下げ受給」と「原則どおりに65歳から年金を受給」した場合で、
どういう違いがあるのか・・・?

さて、在職老齢年金制度が廃止になったら、「繰下げ受給」と「原則どおりに65歳から年金を受給」した場合で、どういう違いがあるか、一定の条件を設定した上で、考えていきたいと思います。
なお、煩雑になるので、ここでは基礎年金については言及しません。
また、現在、年金部会の議論では、今後、受給権が発生する人からは、配偶者加給年金額(令和6年度の年金額408,100円)を廃止するという方向での議論もなされていますので、ここでは、単身者という設定にしてあります。

地方公務員共済組合の組合員だった人で、厚生年金受給権者(被用者年金一元化後に受給権が発生した受給権者)の年金月額の平均は約12万円(*7)ということですので、65歳のときに2階部分である老齢厚生年金の年金額が、月額12万円の地方公務員共済組合の組合員(または組合員だった人)の相談という設定で、お読み取りください。

(*7) 【出典】2024年1月11日に開催された社会保障審議会・年金数理部会に提出された「資料2 令和4年度財政状況-地方公務員共済組合-」16頁。
年金月額の平均約12万円は男女の平均。基礎年金額および経過的職域加算額は含まない。2023年3月末現在。)

相談者は昭和36年(1961年)4月2日以後生まれという設定です。地方公務員は男女ともに、65歳にならないと老齢厚生年金も経過的職域加算額(退職共済年金)も受給権は発生しません。
相談者は、65歳になってはじめて、老齢厚生年金と経過的職域加算額(退職共済年金)の受給権が発生するということになります。
なお、経過的職域加算額(退職共済年金)については、平成27年(2015年)9月までの地方公務員共済組合の組合員期間を基礎に算定された年金額という設定です(月額2万円という金額は、ここでの仮置きの数字です)。

<相談内容>

65歳まで市役所に勤務し(暫定再任用制度を活用し、第3号厚生年金被保険者となる)、65歳到達後に、民間の会社に月20万円で勤務する予定です(賞与なし)。

2階部分の厚生年金は月額12万円、旧3階部分の経過的職域加算額(退職共済年金)は、月額2万円です。

在職老齢年金制度が廃止になると、私の場合、大きな影響がありますか?

また、「繰下げ受給」を選択した場合と、「原則どおりに65歳から年金を受給」した場合で、どのような違いがありますか?

それぞれ、具体的な年金額で試算してもらえますか。

<聞き取り後の相談者の補足情報および回答>

-年金額の試算は後述-

相談者は、高校卒業後、1年浪人して、大学に入学し、23歳のときに市役所に入庁したということです。定年まで市役所に勤務し(60歳で定年なのか、61歳または62歳で定年になるかは不明)、その後は65歳になるまで、暫定再任用制度を活用し、市役所に勤務する予定ということです(第3号厚生年金被保険者となる)。

65歳からの老齢厚生年金ですが、在職老齢年金制度が廃止されていても、廃止されていなくても(65歳時の総報酬月額相当額は38万円とし、支給停止基準額は50万円とする)、年金額は支給停止になりませんので、この相談者の場合は、在職老齢年金制度が廃止されたからといって、基本的な差異はありません。

「繰下げ受給」を選択した場合と、「原則どおりに65歳から年金を受給」した場合の、年金額の試算ですが、以下のようになります。

なお、「繰下げ受給」を選択した場合と、「原則どおりに65歳から年金を受給」した場合の違いですが、この試算から、その違いをお読み取りいただけるのではないかと存じますので、ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。

65歳から標準報酬月額20万円で働くと、
1年間で厚生年金はどれだけ増えるのか?

23歳から65歳まで、42年間市役所に勤務し、地方公務員共済組合の組合員として、第3号厚生年金被保険者となっていますが、65歳からは民間企業に勤める(第1号厚生年金被保険者になる)ということなので、65歳以後の厚生年金保険の被保険者期間については、①報酬比例部分と②経過的差額加算(「経過的加算」のこと)が加算されます。
1年間(12月)勤めたとして、増加する厚生年金の年金額の見込額については、以下のとおりと試算されます(令和6年度の年金額で算定。本来水準による。0.926は令和6年度における本来水準の再評価率)。

①報酬比例部分

200,000円✕0.926✕5.481/1000✕12月=12,180.97円

≒12,181円

②経過的差額加算(経過的加算)

1,701円(定額部分の単価)✕12月=20,412円

合計 ①+②=32,593円

つまり、20万円の標準報酬月額で1年間勤務すると、年間で32,593円の厚生年金の年金額が増えることになります。

原則どおり、65歳から厚生年金を受給
-在職定時改定制度が適用-

(1)原則どおり、65歳から老齢年金を受給

令和4年4月より、在職定時改定制度が導入されていますので、65歳から年金を受給するということであれば、この相談者の場合、1年間で約3万2千円あまりの年金額が増えるということになります(*8)
したがって、66歳からは(いつ、65歳に到達したかによるので、正確には伝えにくいのですが、暦年の9月1日に65歳に到達したとすれば、イメージとしては、66歳の暦年10月からは)、同じ条件で勤務したとすれば、1年ごとに受給する厚生年金の年金額は増加します。

(*8) 正確には、前年の9月から当該年の8月までの12か月分が、当該年の10月に加算され、原則として12月15日の支給日に加算されて支給される。
70歳になるまで、この1年サイクルの繰り返しとなる。

相談者は第1号厚生年金被保険者となるので、職域部分の経過的職域加算額(退職共済年金)月額2万円(年額24万円)は支給停止の対象ではありませんし、在職老齢年金制度も廃止されていますので、老齢厚生年金の月額12万円(年額144万円)は満額受給できます(なお、この相談者の場合ですと、在職老齢年金制度が廃止になっていなくても、支給停止にならない設定になっています)。

在職定時改定制度により、原則どおり、65歳から厚生年金を受給した場合には、次のようなサイクルで、年金額が増額されると試算されます。

<ア>66歳(の10月)から・・[日本年金機構から]約3万2千円受給

<イ>67歳(の10月)から・・[日本年金機構から]約6万5千円受給

<ウ>68歳(の10月)から・・[日本年金機構から]約9万7千円受給

<エ>69歳(の10月)から・・[日本年金機構から]約13万円受給

<オ>70歳(の10月)から・・[日本年金機構から]約16万2千円受給

70歳からの繰下げ受給を選択する
-42%増額された年金を受給-

(2)70歳からの繰下げ受給を選択する

他方、お給料をもらっているのだから、生活に不足する分は、貯金を取り崩したり、私的年金をもらってやりくりし、地方公務員共済組合からの厚生年金(月額12万円、年額144万円)・経過的職域加算額(退職共済年金:月額2万円、年額24万円)は、70歳までは受給しない、70歳から繰下げ受給をするということにすると・・・。

繰下げ待機をしているので、前述(1)の在職定時改定による年金額は受け取れないということになります(<ア>から<エ>までの年金。70歳で繰下げ受給をするのだから、<オ>からは受け取れる)。

しかしながら、60月の繰下げ受給するのですから、厚生年金も経過的職域加算額(退職共済年金)も、42%増額された年金額を受け取ることができるということになります。

<a> 老齢厚生年金  144万円+144万円✕7/1000✕60月

=144万円+60.48万円=204.48万円

<b> 経過的職域加算額  24万円+24万円✕7/1000✕60月

=24万円+10.08万円=34.08万円

合計 <a>+<b>=238.56万円[地方公務員共済組合から

ということで、65歳で受給しないで、70歳まで5年間(60月)繰下げをすれば、在職定時改定による毎年増額される年金は受給できないものの、70歳になると、60月繰下げして70.56万円増額になった年金額と、もともと65歳から受給できた144万円+24万円=168万円を地方公務員共済組合(この事例の場合は、市役所の職員だったので、全国市町村職員共済組合連合会)から受給でき(合計で238.56万円)、あわせて、65歳以降、民間で働いた老齢厚生年金も70歳から日本年金機構から受給できるようになります。

なお、平成27年(2015年)10月の被用者年金制度一元化後に創設された退職等年金給付は、65歳から受給することもできますし、70歳の時点で繰下げ受給することもできます(75歳まで繰り下げることが可能)。

老齢厚生年金と経過的職域加算額(退職共済年金)は一体として年金請求しなければいけませんが、新3階部分の退職等年金給付は、2階部分の老齢厚生年金や旧3階部分の経過的職域加算額(退職共済年金)と一体として年金請求をしなければいけない、ということは全くありません。別々に請求して全く問題ありません。ただし、退職等年金給付の終身退職年金と有期退職年金は同時に請求しなければなりません。

制度改正に伴い、年金相談時における新たな相談事項が出てくるかもしれません。
そのためには、しっかりと的確に制度改正の情報を理解することが大前提だと認識しております。

また、機会を捉えて制度改正の情報をお伝えしていきます。