こくほ随想

ノウハウと戦略の時代

医療保険者による保健事業が施行されて11年が経過した。この間、従来の保健事業の枠組みを大きく超える動きが見られた。老人保健事業における健康診断の受診率は長い間向上が見られなかったが、市区町村国保の受診率は着実に上昇傾向にある。2008年の全国平均が30・9%であったのに対して、2016年には36・6%となっている。一年ごとに見ると約0・7%の上昇となる。さらに2016年からは、市区町村保険者を対象とした保険者努力支援制度が導入された。特定健診の受診率が主要な評価項目となっていることから、今後さらなる受診率の伸びが予測される。受診率向上など保健事業の効果を高める創意工夫が、より一層求められる時代となった。

市区町村国保の受診率向上策では、60歳以上が過半数を占める年齢構成、高齢者には特に医療機関受診者の多い事実などを考慮する必要がある。受診率向上策は、庁舎内でできるもの、医療関係者の協力を得て行うもの、市民の協力を得て行うものの3つに区分される。庁舎内で行う事業は、ハガキや電話など予算の伴う事業が主体となるが、窓口での加入者情報の取得や受診勧奨なども含まれる。

保険者規模が大きくなると、個別健診が主体で受診率は低くなる傾向がある。このような保険者の受診率向上には医療関係者の協力が必須だが、医師会への総論的な働きかけは行っていても、個別に医療関係者へ行っている保険者はほとんどないのが現状である。また調剤薬局での面接による受診勧奨も考えられるが、ほとんど行われていない。背景として、市区町村保険者から医療関係者に受診勧奨を依頼するノウハウが十分ではないため、働きかけを躊躇している可能性がある。

そこで、医療関係者への働きかけの第一歩として、実績を上げている委託医療機関の考え方や健診実施のノウハウを取得することから始めてはどうだろうか。医療機関のノウハウを聴取しやすいよう、訪問調査票を作成しておく。実績を上げている医療機関では、患者サービスにおける健診の位置づけ、効率的な実施ノウハウ、スタッフの役割分担など様々なノウハウに基づき健診を実施している。まずはこのようなノウハウを集め、分類・整理しておく。その上で実績の少ない医療機関を訪問し働きかければ、様々な提案が可能となる。医療機関での健診の意義やメリット、行政の立場などを丁寧に説明する資料を、作成しておくことも重要である。

全く新しい取り組みを導入する際には、戦略に基づいた実施が求められる。一足飛びで体制を整備しようとすると、無理が生じて逆効果になる場合もある。初年度には小規模な取り組みを行ってノウハウを入手する。この段階ではアウトプット、アウトカムなどはあえて重視しない方がよい。予想より交渉が長引き、思うように進まないのが一般的で、修正を重ねて集積されたノウハウが最も重要だと考えるべきである。また、働きかけた医療機関の実績を評価することで効果評価も可能となる。次年度以降は規模を拡大する。働きかける医療機関の数を増やす、ノウハウを取得する医療機関の数を増やすなど全体の受診率の向上が期待できる規模に拡大する。最終的には医療機関への働きかけの時期や、どのような資料を用意するかなどを整理して、効率的な働きかけの体制が目標となる。

ノウハウの重要性は、他の受診率向上策にも当てはまる。様々な帳票や管理表などを一から作成することは現実的ではない。他の保険者の行っている受診率向上策を、改変して取り入れることができれば、無駄な試行錯誤が減って受診率向上策は大きく進展する可能性がある。しかし情報収集を近隣の保険者に限ると、類似した取り組みにとどまる可能性もある。都道府県や各連合会では、実績を上げている保険者を県域を越えて取り上げ、各種帳票などを整理した上で市区町村保険者に例示することも、対策の推進となるだろう。


記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

 

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