こくほ随想

高齢者の社会貢献

1980年代に入るまで、高齢者は一方的に社会に支えられるべき存在と考えられていた。1980年代に入っても、実証研究は、高齢者をとり巻くネットワークが豊かで高齢者へのサポートが多いほど長生きするといったものに集中していた。

筆者は1972年以来、東京都の養護老人ホームの入居者2,000名に5年半の追跡調査を行った。その調査は、きわめて興味深いことを教えてくれた。血液中のタンパク質であるアルブミンが低いと死亡率が高くなり、やせているほど早死にするなど、当時知られていなかった新知見がまず注目された。同時に、配食当番とか庭内清掃とか内職を行っている人達の死亡率が低いことが判明したのである。養護老人ホームの入居条件は、収入が一定以下であることであり、生活機能の自立度は地域の住民と同じである。

筆者は1982年に東京都老人総合研究所の常勤研究者として働き始めた。そこで、先の養護老人ホームの研究結果を踏まえ、養護老人ホーム入居者に内職を斡旋したらどうかと東京都に進言した。経済的にもプラスになり長生きにもなり一挙両得と考えたのだ。しかし東京都議会で、ある政党の反対にあい、実現しなかった。「福祉サービスを受けている入居者に仕事をさせるのは虐待である」という理由であった。このエピソードは、とくに都議会が時代遅れだったと物語っているわけではなく、この時代の思潮を象徴しているに過ぎない。

高齢者の生活機能の偏差値モデル グラフ

そういう意味で図に示すシュロックの高齢者の生活機能の偏差値モデルは画期的なものである。この図はシュロックの概念図に筆者が日本の数値を当てはめたものである。まず左から、高齢者の5%くらい障害(要介護)者が存在し、全面的なサポートを必要とする。左から2番目は、要支援(虚弱)の高齢者であり、買物や金銭管理などの部分的なサポートを必要とする。60%は典型的な自立高齢者である。シュロックがこのモデルを示したのは、他からのサポートを必要とする20%と同じ割合で自立以上の力をもつ恵まれた高齢者が存在することを示すためである。そして自立高齢者と恵まれた高齢者が左側のサポートを必要とする高齢者に力を貸すことが出来れば、高齢者集団は自立しており、全体として若い世代におぶさってはいないのである。

1980年代の初めには、アメリカの老年学の先駆者バトラー博士らにより、「プロダクティブ・エイジング」という用語と概念も創出された。これは、かなり広い意味をもつが、中核となる思想は高齢者の社会貢献である。収入になるような仕事もボランティア・奉仕活動もこれにふくまれる。高齢者に対するサポートの意義に関しても考え方が変わってきた。自立志向を損ねたり、威信感情を傷つけたりするようなサポートは有害であるとする研究も出てきた。高齢者はサポートを受けるのみでなく与えること、すなわち、サポートの授受のバランスが大切であることが分ってきたのである。高齢者の相互扶助をふくめ、社会貢献をしている高齢者は長生きにもなり、寝たきりや認知症になり難いことも分ってきた。社会貢献は社会のためのみでなく高齢者自身のウェルビーイングにも役立つのである。

21世紀のキーワードは自立と共生である。高齢者の若い世代へのサポートがもっとも大切である。日本人は低栄養化しつつある。しかし、70歳以上に関しては、低栄養化の傾向がみられない。高齢者の食生活と栄養に関する知恵を若い年代に是非伝承していただきたいものである。


参考文献:生活・福祉環境づくり21・日本応用老年学会共編著『高齢社会の「生・活(いき・いき)」事典』

(社会保険出版社、2011年)


記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

 

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