こくほ随想

新しい命のために失くしていい命なんてない
 No woman should die giving life(国連人口基金東京事務所パンフレットより)

いま、世界では年間53万6千人の母親が亡くなっています。

日本人1億2千万人には、さほど問題とは映らない小さな数字かもしれません。確かに、交通事故死や戦争による死者、被害の方がはるかに多いのも事実です。

けれども、本稿を読む間にも、「1分に1人、妊娠や出産が原因で母親が死亡している」と知ったら、どうでしょうか。毎日1,500人近くが亡くなる計算ですが、そのうち99%は途上国の母親で、適切なケアがあれば助かった命です。無論、妊産婦死亡は途上国に限りません。医療大国とされる日本でも出生数10万件あたりの妊産婦死亡率は3.1です。しかし途上国では1,000以上、なかには2,000にのぼる国も存在しています。

当然ながら人間は産まれる国や地域を、自分では選べません。が、生命誕生の瞬間、すでに母子ともども「幸、不幸」が決定されている現実に、ゴーギャンの作品『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』が発する根源的な問いかけが重なってきます(ゴーギャン展、東京国立近代美術館で開催中)。

が、ここであえて世界規模で格差が拡がる一方の南北問題にふれるつもりはありません。ただ、アフガニスタンなどの貧しい国、紛争地域では妊産婦死亡率が際立って高いのは厳然たる事実。今日の糧を得ることも叶わない地域では、妊産婦の安全や保健が後回しになっている現実を、無意識なまま「平和の配当」を享受している私たちは忘れてはならないでしょう。

ことは、妊産婦死亡だけにとどまらないからです。出産で母を亡くし孤児となる数は年に100万人を超え、母のいる子と比べると彼らが幼児期に亡くなる確率は10倍以上にも。が、21世紀の今でも、妊娠・出産は病気でないという考えから、出産リスクは置き去りにされがちです。一方、妊産婦の15%には合併症リスクがあり、妊娠や出産で亡くなる可能性の、実に20倍以上の確率で出産後遺症(慢性失禁症など)が現れます。が、こうした情報知識は、先進国でも充分に共有されているとは言えません。

なお、53万6千人の死亡には「三つの遅れ」が指摘されています(国連人口基金UNFPA東京事務所公式サイト)。
(1)治療を受けることを判断するまでの遅れ。
(2)緊急産科ケアが受けられる病院や診療所を見つけ、そこに辿り着くまでの遅れ。
(3)適切かつ充分な治療を受けるまでの遅れ。

以上、三つすべてが必要だと言われていますが、医療崩壊が加速する日本でも事情は大差ないことに気付きます。つまり、妊産婦死亡は世界共通課題であり、飢餓・低栄養問題と同様に一般化、社会化が欠かせないと言えるでしょう。

で、最初の一歩は、「基金」が展開する「お母さんの命を守るキャンペーン」サイト(http://www.unfpa.or.jp/mothers/)を開くこと。募金など多彩なメニューが紹介されていますが、誰もが直ぐに実行できるのがサポーター(署名)登録。目標10万人に対し、九月初めで漸く1,000人台です。誰しも「母なくして誕生せず」を思うと、日本の出生数100万人規模に匹敵するサポーターがいてもいいはずです。

「基金」では講演会や展示会開催を推奨、講師派遣やパネル貸出しに応じていますので、地域社会で「いのちと健康を支える」ヘルスプロモーションが可能です。自治体ごとに開催すれば、100万人署名も夢ではありません。

 

記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

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