こくほ随想

次の患者を出さない、最適健康レシピの果実

今回は「健康増進サービス産業=公益ビジネスのデザイン力」が自治体に求められる背景を考えるために、恥を忍んで参考になりそうなエピソードを先に明かします。

実は、二度目の糖尿病教育入院を真近に控えています。03年8月(52歳)、糖尿病発症時の空腹時血糖値は312mg/dl、ヘモグロビンAlcは14.1%。検査結果を見た途端、医師は思わずペンを落とし、『至急、眼底検査の手配を』と、大あわてで看護師に指示しました。

定かではありませんが多分、半年ほど前から口渇や多飲、頻尿、疲労が激しく、こむら返りも頻回だったため『厄介な病気かも…』と感じてはいました。一方、働き盛り年代の男の典型で、気になりつつ受診に至らなかった理由は二つ。ひとつは仕事に忙殺されていたこと。もうひとつは情無い限りですが、大病だったら…という小心者の先送り心理です。

発症当時、活力ある高齢社会とユニバーサルデザインの公共政策に腐心するとともに、健康づくり公共政策分野にも傾注し始めた頃でした。当然ながら、生活習慣病対策が鍵を握ると考えていましたが、個々の病態を熟知する専門職ではないため、当時の糖尿病理解は一般の域を出ていません。それどころか、糖尿病=肥満者というお粗末な認識だったことを告白します。発症時BMI 23の身としては、まったくの想定外だったわけです。

が、筆者のごとき偏見・誤解は珍しくありません。糖尿病、高血圧症、脂質異常症、肥満症などは万人に発症リスクがある生活習慣病ですが、個々の病態や発症機序を正確に知る人は医師、歯科医師、薬剤師、保健師、看護師、管理栄養士など、最大でも270万人程度に過ぎません。医療職には常識でも、市民の99%は素人に過ぎず、(ここが肝心ですが)見事なまでに「情報の非対称性」が存在しています。

実際、当時の主治医は『どうして、もっと早く受診しなかったの?典型的、教科書通りの糖尿病なのに』と、呆れ顔で非難めいた言葉を発したほどです。誰しも好きで病気になる人はいませんから、患者に病態知識があれば確かに早期受診もあり得るでしょう。が、医療職養成に漠大な国費が投じられている事を思うと、医療者側に日常的なヘルスケア・プロモーション提供を期待する市民が多いのも事実です。

一方、制度ビジネスの医療報酬体系は患者数に比例する宿命にあるため、実際にはよほどの志と経営余力が無い限り「プロモーション情報の提供」が出来ないのも確かです。が、08年度医療費が34.1兆円と過去最高を更新(厚生労働省、08年度概算医療費)していることを含めて考えると、健康寿命延伸を担保する公共政策の実現には公益ビジネス戦略で臨むほかありません。

言うまでもなく健康づくりの要諦は「食事、運動、精神衛生」ですが、特に生涯9万食(80年×365日×3食)に及ぶ食生活・食習慣の改善が大きな決め手となります。日本人の低栄養問題は再三指摘ずみですが、現下の経済情勢も配慮が必要です。一円でも安い食材を求める市民が圧倒的多数派を占るため、「最も安く栄養バランスを満たす食品の組合せ(レシピ)」を健康増進プログラムの主軸としない限り、多数派の食生活リスクは解消しません。

ここに着目したのが熊本県湯前町。食品の栄養素と価格が分っている場合、無限に存在する栄養バランスを満たす食品構成から、最低価格を示す「唯一の組合せ」を得る線型計画法(Linear Programming)によって、「最適健康レシピ」を開発・提供する試みです。日本応用老年学会の全面協力・監修で、首都圏(人間総合科学大学など)と地元大学との共働開発の動きが現れています。慢性疾患の市民への食事指導の際、行政は「相手の懐事情にまで立入れなかった」だけに、最適健康レシピ開発は救世主になる可能性を秘めています。人口5千人に満たない町の大きな取組みは、糖尿病に限らず、次の患者を出さない全国モデルとなりそうです。

【著者E-mail】 hirabayashisagj@m5.gyao.ne.jp

 

記事提供 社会保険出版社〈20字×80行〉

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