こくほ随想

「『見えない虐待』の防止を」

高齢者虐待防止法を作ろうという動きが、政党間で活発になっている。2月上旬現在、自民、公明の両党が、今国会に法案を提出しようと要綱案づくりを進めているほか、野党の民主党でも、同様の動きがある。

 

法案には、高齢者虐待の定義や、国や自治体の責務、防止のための措置(通告制度の整備や、保護措置、援助措置についてなど)、早期発見の努力義務などを明記することが検討されている。虐待という水面下に隠れがちな問題に社会の関心や目を向けさせる点で、防止法作成の意義は大きいといえるだろう。

 

そんな折、法案作成の記事を読んだ読者から、こんなお便りをいただいた。仮にAさんとしておく。Aさんのきょうだいが、別のきょうだいから虐待を受けて困っていたが、最近、ようやく施設に移ることができたという話である。その過程で、Aさんは、家庭への強制的な介入権を持つ法的な制度がないとなかなか解決が難しいこと、その反面、たとえ法的制度ができたとしても、虐待に対する社会の理解や意識がなければやはり解決が難しいことを感じたという。

 

そもそも、虐待されたきょうだいとは一緒に住んでいないAさんが何かおかしいと感じたのは、冠婚葬祭で久しぶりにそのきょうだいと再会した際のあまりの変わりようだった。体が悪くても、何とか伝い歩きできていたはずが、ベッドから離れることができなくなっていた。週に何回か入っていたはずの訪問介護サービスも、いつしか切られていた。また、別のきょうだいのことが話題に上ると、ひどく脅えて体を震わせるくせに、「何かあったの」と尋ねても、絶対に何も言わない。その様子からは、財産の搾取も含め、虐待を受けていることが疑われた。

 

困ったAさんは、役所に知らせ、別のきょうだいがいない隙に様子を見てもらった。だが、やってきた職員は、部屋がきれいに整理され、きょうだいも清潔そうなベッドに休んでいる様子を見て、「本当に虐待しているんですか」「きょうだい間のけんかではないですか。確たる証拠がないと、家庭には介入できないんですよ」と、なかなか信じてくれなかったという。

 

「部屋が乱雑で体にあざがあればわかりやすいが、虐待はそんなケースばかりではない。むしろ、目に見えない虐待の方が多いと思う。そこをきちんとつかんで対応してくれるのがプロではないか」とAさんは憤る。

 

Aさんのきょうだいの場合、排泄物のにおいが部屋にこもらないよう、どんなに寒くても、オムツを替える際は、部屋の窓はあけっぱなし。食事も、オムツ交換の回数を少なくするために、水分はほとんど与えられず、パン一切れほどだったという。

 

Aさんの要請に応じて、看護職の資格を持つ職員が訪れた際、やっと、脱水症状を起こしていることに気づき、安全な場所に移すことが検討された。

 

「心理的に追い詰められ、訴える気力もなくなっている場合は、本人が何も言わなくても、状況がわかるプロがいてほしい。本人に判断能力があった場合は、本人が安心して口を開ける相談機能も必要だ」というのがAさんの実感だ。

 

これらは、防止法ができようができまいが、必要不可欠な事柄である。残念ながら、読売新聞社が昨年秋に行った全国自治体アンケートでは、54%の自治体が、「特に対応をしていない」と回答した。だが、虐待とは何かを医療・福祉職はもちろん、関係機関はよく熟知したうえで、発見したら機敏に対応できるネットワークを組んでおくことが不可欠だ。

 

虐待は、とりわけ在宅での介護が絡む場合は、問題解決が難しい。介護する側を一方的に責めるのでなく、その負担軽減も考えなければならない。法案の作成と並び、自治体や介護現場が行わなければならない課題は山ほどあると改めて感じている。

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