こくほ随想

「豊かな高齢社会を目指して」

これまで取材でいろいろなお年寄りに会ってきた。特に印象深いのが、約10年前、赴任した岩手県で出会ったお年寄りたちだ。せっかく住む機会を得た岩手の地で、100歳以上のお年寄りをインタビューしようと考えた。高齢化は、将来、日本の大きな社会問題になると考えたからだ。

 

当時、日本の高齢化率(65歳以上人口が全人口に占める割合)は約13%、全国の100歳以上の高齢者数は約 4200人。岩手県内の高齢化率は約17%、100歳以上の高齢者数は約50人。長い人生経験を持つお年寄りの姿からは、介護、家族、地域が抱えるさまざまな問題が見えてくるに違いない。そう思って、取材を受けてくれた30人近いお年寄りに会いに車を走らせた。方言がわからず、家族や施設職員に助けを求めることも多かったが、一人一人の個性の豊かさには改めて目を見張らされた。

 

7人目の末子のつわりに悩んだ時からたばこを吸い始めたという女性は、100歳を過ぎてもキセルを手放さず、着物姿でキセルをポンポンとたたく様子がやたら格好いい。「たばこを吸ってもこんなに元気」と喜んだたばこ会社の職員が訪れたこともあると話してくれた。明け方4時には目が覚め、朝刊が来たら一番に地元紙の死亡記事をチェックするという男性もいた。日中は、窓から道路が見える居間のこたつに座り、たばこの自動販売機の所に来た人と通り過ぎる車の数を数えるのが日課。カレンダーに数を記す“ロード・ウオッチング” を6年以上も続けていた。美声ゆえに、婚礼での祝い歌を頼まれることが多かったという男性は、結婚式でよくうたったという謡曲や民謡を披露してくれた。これまで354組の婚礼に招かれ、「別れたのはたった2組」と自慢げに語った。最高齢は106歳の女性。自分で縫った雑巾を近くの学校に寄付し続けており、「喜んでもらえて幸せ」と話していたのが印象的だった。

 

もちろん、こうした元気なお年寄りばかりではない。孫の男性に面倒を見てもらいながら自宅で暮らす女性は、小柄できれいな人だったが、気力がなくなったのか、座椅子にもたれたり、横になったりの毎日が多くなった。「ご飯を食べてもおれには何にもなんねえ。4人の子供も死んでしまったのにおればかり長生きして」とぽつりぽつりと話す。「いつまでこうしていられるのやら・・・」と問い返された時は、返す言葉がなかった。

 

元気で長生きゆえの「不合理」を感じるケースもあった。小さな町に娘と2人で暮らす女性は、寝たきりではないだけに、かえってなかなか風呂に入れずにいた。自分1人では浴槽をまたげないし、60代の娘が体を支えて入るのも難しい。町の入浴サービスを利用したいが、町は寝たきりでないお年寄りにまでサービスを出す余裕がない。元気に100歳まで生きてきた今になって、ふろにも自由に入れないなどと、若いころには夢にも思わなかっただろうと想像した。

 

あれから10年がたった。この間、お年寄りを取り巻く状況は大きく変わった。高齢化問題が大きくクローズアップされるようになり、約10年前にはすべての市町村に「老人保健福祉計画」の策定が義務付けられ、その基盤整備を基にした介護保険制度が2000年に導入された。岩手県でも、約10年前に約60か所だった特別養護老人ホームが今では90か所近くに増え、1000人足らずだったホームヘルパーが2万人近くになったという。高齢化も進み、現在は、国の19%を上回る23%。また、100歳以上の高齢者数も、全国では2万人を超えたが、岩手県でも300人を超えたそうだ。岩手の高齢者の生活もだいぶ変わったのではないかと思う。おふろに入れなかったようなケースはほぼなくなったのではないかと想像する。100歳を過ぎても、高齢者が自分らしく、生き生きと暮らせるような高齢社会をつくっていくことが今後の課題だ。

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