こくほ随想

国保とアジア諸国

わが国の「国民皆保険」の基盤である国民健康保険は、大変ユニークな医療保険制度です。保険者は、行政機関である市町村であり、被保険者は、被用者保険に加入していない人たち、すなわち自営業者や農民、無職の人たちです。財源は、保険料と国庫負担です。欧米諸国には、市町村のような地方行政機関が保険者である制度はありませんし、こうした被保険者集団で構成される制度もありません。

 

国保制度のような仕組みは、社会保険制度の歴史が長い西欧諸国のような先進国で試みられるというよりは、開発途上国が医療保険制度を一挙に全国民に広げようとするときに有効な方策ではないかと考えられます。

 

アジアでは、80年代以降、「4頭の龍」と呼ばれた韓国、台湾、香港、シンガポールの経済成長に目覚ましいものがありました。90年代には、中国、インドと、タイ、インドネシア、マレーシア等のアセアン諸国で経済成長が続いています。これらの国々が、経済発展とあわせて、医療保険制度を整備しようとするとき、日本の国保制度は、大変参考になる制度です。現に、韓国のように、80年代末に国保制度と類似した「農漁村・都市地域医療保険」を創設して、「国民皆保険」を達成した国が現れました。

 

『アジアの社会保障』(広井良典・駒村康平編、東京大学出版会、2003年)は、アジア諸国の社会保障制度構築の取り組みの現状と課題、個別の国々(韓国、台湾、シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン、タイ、ベトナム、カンボジア、中国)の最新の社会保障を解説している本です。

 

「アジア型社会保障」という概念が成立するのか、あるいは、各国が、自国の歴史、文化、国民性、経済・社会状態、政治情勢等を踏まえて、どのように社会保障制度構築に取り組んでいるのかということに関して、興味深い論文が並んでいます。

 

「国民皆保険」は、韓国と台湾で実現しています。韓国では、90年代に入って、医療保険組合の財政運営上の問題が国民の大きな不満となったことから、医療保険の統合という政策を進めることになりました。1999年、公務員保険、被用者保険及び地域保険というすべての公的医療保険を統合する「国民健康保険法」が成立し、2003年に一本化されました。保険者は、全国単一の保険公団です。一本化が最善の方法かどうかには議論がありますが、20年間以上「医療保険制度の抜本改革」と言いながら、小規模な改正しか行われてこなかった日本と比較すると、大変早い変化であり、大胆な改革です。

 

台湾でも、従来は職業別の医療保険でしたが、1994年に「全民健康保険法」が成立し、全国民を被保険者とする単一の医療保険制度が創設されました。医療保険制度の一本化論議に対して、日本では自営業者とサラリーマンの保険料負担の不公平という問題点が指摘されますが、台湾の制度では、被保険者類型を6種類にわけて、それぞれで被保険者、事業主及び国庫負担の割合を変えた上で、保険料算出方法も変えるなど、工夫が見られます。

 

最近では、タイが、30バーツ(約85円)を払えば誰でも医療が受けられるという「30バーツ医療制度」を、2002年に創設しました。これにより、従来の医療保険制度からもれていた児童や高齢者などが対象となり、医療保険とあわせてほとんどすべての国民に対して医療保障がなされることになりました。もっとも、この制度には財政的な問題が付随しているため、国民健康保険制度への過渡的な制度と位置づけられています。

 

このようにアジア諸国の動きを見ていますと、韓国、台湾のように、今度は日本が参考にするような制度をもつ国もあれば、アセアン諸国のように、これから日本の国保制度を参考に、医療保険制度を検討・創設する国が現れてくることでしょう。

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