こくほ随想

日本の医療をどう評価するか

日本の医療は、「国民皆保険」のもとに、自由に医療機関を選択して、誰でも平等に一定レベルの医療サービスを受けることができる点に特徴があります。社会全体で見れば、低い医療費で良好な保健指標(長寿や低い乳児死亡率など)を示しています。WHOは、日本の保健医療システムは世界中で最も優れていると評価をしています。

 

医療費の水準の議論をすると、日本の場合、対GDP(国内総生産)比が7%台とOECD(経済協力開発機構)加盟諸国内では下位に位置しているので、「安上がりの医療」と批判する向きがあります。

国内では30兆円を超える医療費負担をどうするかで、医療保険制度改革論議が盛んですので、「医療費が低い」といわれると違和感を覚えるでしょう。

この批判は、「対GDP比」というものさしが大雑把な上に、負担に対する国民の評価を考慮に入れていません。たとえばドイツと同じように対GDP比が 10%台となれば、50兆円の負担が必要になります。現在の日本の国税収入は全部あわせても40兆円前半ですから、50兆円というのは大変な負担です。低い医療費で良好な保健・医療水準を維持できるのであれば、それにこしたことはありません。

こうした日本の医療システムの特徴とその理由をわかりやすく解説しているものが、池上直己・キャンベル著『日本の医療』(1996年、中公新書)です。この本は、医療保険制度や診療報酬体系の仕組みについて、国際比較の視点を交えつつ、歴史的経緯や政策過程の分析、データ解析と、多様な視点から簡潔に説明しています。低医療費で平等な医療システムが維持されてきた背景には、厚生官僚と日本医師会、医療提供者と保険者間でそれぞれバランスを取ること、言い換えれば、日本古来の精神である「和」の原理があると分析しています。

 

全体的には良好だとしても、具体的にみると、日本の医療はさまざまな問題を抱えています。最近、疾病ごとの病院機能の順位や名医を紹介する本が売れています。その中でも、週刊朝日増刊『手術数でわかるいい病院 全国ランキング2003』(朝日新聞社、2003年)は、話題を呼びました。この本は、厚生労働省が2002年の診療報酬改定で行った、手術数によって病院の診療報酬に格差をつける施設基準導入のための資料収集の副産物のようですが、脳腫瘍や肺がん、肝臓がん、心疾患など、個別手術ごとに、各病院の手術数によるランキングを掲載したことが、読者のニーズに合致したと思われます。

 

病院は全国で9千以上もあるのですから、患者が選択するための必要な情報を掲載して、インターネットなどで検索できるシステムを望んでいる人達は多いことでしょう。

これは、ひるがえって考えると、医療機関や医師に関する情報が一般にはよくわからないという、情報公開が遅れていることの反映です。情報開示の分野では、カルテの開示、医療機関の第三者評価とその結果の公表等の課題もあります。

 

情報開示の問題以外にも、多発する医療事故の問題、小児科医の不足、人手不足の医療現場、医師の技術水準の問題、公的保険では利用できない薬、減少しない社会的入院、根拠が不明確な診療報酬体系、赤字に苦しむ保険財政など、多くの問題を抱えています。

これらの問題を医療現場からレポートしているのが、日本経済新聞社編『医療再生』(2003年)です。この本は、日本経済新聞の朝刊1面に掲載された連載企画ですので、読まれている方も多いことでしょう。様々な問題が具体的に浮かび上がってきますし、解決のための処方箋も提示されています。

 

現在、医療保険制度改革論議の最中ですが、保険制度の議論は財政論に偏りがちです。医療保険が支える日本の医療システムそのものを点検し、改善していく必要があります。

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